太陽系ミーティング

沢田和早

太陽系ミーティング

 銀河系にはたくさんの仲良し集団があります。

 太陽系もその仲良し集団のひとつです。今日は10億年に一度開かれる太陽系ミーティングの日です。

 参加しているのはリーダーの太陽。

 内惑星の水星、金星、地球、火星。

 外惑星の木星、土星、天王星、海王星。

 そして準惑星を代表して冥王星、この10人です。

 まずはリーダーの太陽が元気な声で発言しました。


「みんなあ、よく集まってくれたね。冥王星君、聞こえてる?」

「ああ、聞こえている」


 すぐさま冥王星の暗い声が返ってきました。超光速の会話システムを使用しているので、光速で4時間以上かかる冥王星にも数秒で太陽の声が届くのです。


「じゃあ第5回太陽系ミーティングを始めるよ。10億年ぶりだけど、みんなあ、元気かなあー」

「はい、この10億年とても元気に過ごせました。それもこれも尊い太陽様のおかげです」


 返事をしたのは地球です。実は地球は太陽が大好きなのです。尊敬していると言ってもいいくらいです。


「えっ地球君、今、尊いって言ったの。照れるなあ、って照らす役目のボクが照れてどうするんだって話だよね」

「いえいえ、太陽様は本当に尊い存在です。あなた様の光がなければ太陽系は闇に包まれていたことでしょう」

「ふっ、明るいだけがあいつの取柄だからな」

「まったくだ。あ、あと中年太りなところもな。でかすぎだろ、あの図体ずうたい


 陰口を叩いているのは木星と土星です。このふたりは他の惑星に比べるとかなり大きいのでちょっと威張っています。


「木星さん、土星さん、そんな言い方はやめてください。尊い太陽様に失礼ですよ」


 地球が注意しました。尊敬している太陽の悪口を言われたので少し怒っているのです。


「地球のさあ、そーゆー太陽べったりな態度ってさあ、何気にムカつくんだよね」


 水星です。ちょっとしたことで熱くなりやすい性格です。


「何か気に障ることでもありましたか、水星さん」

「そりゃ地球はいいよな、太陽から適度に距離があって適度に暖かいから。でもさあ太陽の近くにいるこっちの身にもなってくれよ。日なたは数百度、日陰は氷点下。体がおかしくなっちまう。太陽が尊いなんてとても思えないね」

「ホント、水星さんのおっしゃるとおりですわ」


 相槌を打ったのは金星です。優しいのですが言いたいことをズバズバ発言する性格です。


「私って二酸化炭素をまとっているでしょう。だから熱がこもりやすいのよ。いつも汗だくで大変だわ」

「それなら二酸化炭素なんか脱いでしまえばいいのではないですか」

「地球さん、あなたはオシャレ心が理解できないようですね。二酸化炭素を脱いでしまえば金星ではなくなってしまうでしょう」

「そうだぞ地球。自分が青いからって自惚うぬぼれてんじゃねえぞ。太陽を尊いなんて思っているのはおまえだけなんだからな」


 またも水星が突っかかって来ました。言いがかりをつけられて地球も少しムッとしました。


「別に自惚れてなんかいませんよ。それに太陽を尊敬しているのは私だけではありません。そうですよね、火星さん」

「う、うん、まあ」


 火星の環境はそれほど過酷ではないので他の惑星ほど太陽を嫌ってはいません。さりとて地球のように尊いという気持ちは持っていません。火星は太陽系に関心がないのです。


「あらあら、おふたりさんは相変わらず仲がよろしいのね」

 金星が見下すような口調で言いました。

「とにかく今のこの現状を何とかしてほしいのよ。もう少し内惑星のあたしたちに気を遣って、発生する熱量を少なくしてくれてもいいのではなくて太陽さん、略してサンさん」

「そうだそうだ」

「そうかあ、そうだよねえ」


 金星と水星に責め立てられた太陽はすっかり弱気になってしまいました。


「じゃあちょっと冷たくしようかな」

「いや、それは困る」


 今度は天王星と海王星と冥王星が同時に口を開きました。この3人が意見を発言する時はいつも同時なのです。


「太陽系の最果てにいる我々は常に極寒の中に身を置いている。これ以上発生する熱量を減らされてはたまったものではない。我々は逆に熱量増大を要求する。この要求が通らないのならば太陽系離脱も辞さない覚悟だ」

「最果て3人組さん、尊い太陽様に対して何という言い草ですか。まるで脅迫ではないですか」

「そう思ってくれて構わない。我々には太陽の恩恵など微塵もないのだからな。これ以上太陽系に縛られる義理はない」

「いいぞ、最果て3人組。じゃあオレも抜けようかな」

 と木星。


「アニキが抜けるならお供しやすぜ」

 と土星。


「よし、オレも抜ける」

 と水星。


「なら私も」

 と金星。

 ただならぬ事態に地球は大慌てです。


「みなさん、待ってください。我慢していればきっといいことがあります。私だってつい最近までは生命なんて存在しない荒れ果てた惑星だったのです。今のような知的生命体に満ち溢れる素敵な惑星になれたのは全て尊い太陽様のおかげなのです。みなさん、太陽様を信じましょう。ねっ、火星さんもそう思うでしょう」

「う、うん、まあ」


 火星は優柔不断な性格なので発言する言葉はこればかりです。


「けっ、おまえみたいな惑星になれる保証がどこにあるって言うんだよ。5回もミーティングに出ているのに全然変わらないじゃないか。オレは抜けるぜ。決めた。これが最後のミーティングだ」

「水星に賛成! 太陽系さらば!」


 地球と火星以外の惑星はミーティングから抜けてしまいました。太陽がボソリとつぶやきました。


「ボク、リーダー失格だね。地球君、火星君、君たちも太陽系を抜けていいよ」

「いいえ。太陽様は尊い存在。私は決して抜けません」


 地球が力強く宣言して今回のミーティングは終了しました。


 太陽系ミーティングはそれからも10億年ごとに開かれました。そして参加する惑星の数はすこしずつ減っていきました。第6回では水星と金星が、第7回では最果て3人組が、第8回では木星と土星が太陽系を去り、今では地球と火星だけになってしまいました。

 太陽はため息をつきました。


「はあ~、太陽系もすっかり寂しくなってしまった。ああ、昔が懐かしい」

「尊い太陽様、私はいつまでもあなたのおそばにいます」

「ありがとね、地球君」

「ねえ、ちょっといい?」


 突然火星が通話をシークレットにして地球に話し掛けてきました。太陽に聞かれたくない話題のようです。この数十億年間、こんなことは一度もなかったので地球はびっくりしてしまいました。


「どうかしましたか、火星さん」

「あのね、太陽が何だかヤバイらしいんだよ」

「ヤバイ? どうヤバイのですか?」

「太り過ぎだと思わない。かなりメタボが進行している。あのまま太り続けると大変なことになりそうな気がする」

「ははは、それは杞憂というのもですよ」


 火星の不安を吹き飛ばそうとするかのように地球は明るく笑いました。


「他の恒星ならいざ知らず、私たちを照らしているのは太陽様なのですよ。あんなに尊いお方が自分の健康管理をしっかり行えないはずがありません。大丈夫です」

「そ、そうかなあ。そうだといいんだけど」


 火星はまだ不安そうでした。けれども地球は完全に信じ切っていました。この尊いお方に間違いはない、いつまでも付いて行こう、そう思っていたのです。しかし、


「ああ、なんてことでしょう」


 第9回ミーティングは地球にとって衝撃でした。火星までも太陽系を去ってしまったのです。


「これで地球君とふたりだけになってしまったね。あっ、君も去っていいよ。いつまでもこんなショボイ星系に囚われている義務はないんだから」

「いいえ。私はずっと尊い太陽様に従い続けます。それが私の幸福なのですから」


 しかしその幸福もすぐ終焉を迎えました。数十億年後、太陽が膨張を始めたのです。赤色巨星への進化です。莫大な光と熱を発しながら地球に近付いてくる太陽表面。地球はカラカラに干上がり生命は全て死に絶えました。それでも地球は太陽系を去ろうとしませんでした。


「ああ尊い太陽様、尊い、尊い、尊い……」


 とつぶやきながら地球は膨張する太陽に飲み込まれていきました。太陽から4光年離れた恒星ケンタウルス座α星Aの惑星になっていた火星は、懐かしい親友の壮絶な最期を見てひっそりと涙をこぼしたということです。

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