第77話 蠢く魔(9)
目が覚めてまず飛び込んできたのは、フローの心配そうな顔だった。
「ここは・・・?」
僕は視線を動かし、辺りを見回した。
白い壁、白いカーテン、消毒薬の臭い。
学園の医務室であろうか?
「ここは王宮に併設された病院です。」
張り詰めていた気が緩んだのか、安堵のため息をついたフローの瞳には涙が浮かんでいた。
「そうだ!ジェノブは?!」
ジェノブの襲撃を受けたことを思い出して、僕は勢いよく上体を起こした。
「痛っ!」
全身を激痛が貫いた。
「ダメですよ、まだ動いちゃ。」
フローが僕の肩に手を添え、横になるのを手助けしてくれた。
「全身の怪我が酷くて、治癒魔法では体力がもたないって先生が言ってました。体力が戻るまで治癒魔法はお休みです。」
そう微笑んだフローの額にも痛々しく包帯が巻かれている。
「フロー、その傷は?」
聞くまでもなく、ジェノブに傷を負わされたのだろう。
僕がもっとしっかりしていればと、不甲斐なさを呪わずにはいられない。
「大したことは無いんですよ。何回かに分けて治癒魔法をかけたほうが、傷が残りにくいですからね。」
確かに治癒魔法で急激に治した切傷は、溶接したような跡が残ると言われている。
「私だって女の子ですから、ちょっとぐらい顔の傷を気にしても良いですよね。」
額に巻いた包帯を擦りなら、フローが小さく舌を出した。
「それで、ジェノブの襲撃はどうなったの?」
今の段階で騒ぎになっていないということは、ジェノブの襲を凌いだと思って間違いはないのだろうが、僕が気を失った後、一体どうなったのかがどうしても気になってしまう。
「私も気を失っていたので、聞いた話なのですが・・・。」
フローの話では、僕が気を失った直後に駆けつけたシャルロット王女率いる聖騎士団がジェノブに攻撃をしかけ、何とか事無きを得たとの事だった。
「でも、おかしいんですよ。」
話し終えたフローが首を傾げる。
「シャルロットお姉様が、魔族は二匹いたっていうんです。」
二匹?
僕とフローが戦っていたのは、ジェノブ一匹だけだったはず。シャルロット王女が到着したときには二匹に増えていた?
ジェノブの口ぶりでは増援が来るとも考えづらいが・・・。
僕は気を失う前のことを思い出そうとしたが、意識が朦朧としていたためか、どうしても細かいことは思い出せなかった。
「ロゼライト君、目が覚めたんだって?」
その時、勢いよく病室のドアを開けて入ってきたのはシャルロット王女だった。
「心配したんだよ〜。」
勢いそのまま、寝ている僕に抱きついてくるシャルロット王女。
「痛いところは無い?」
お、王女が乗っているところが、痛い。
「でも、頑張ったね。あれはかなり上位の魔族だったよ。」
僕の頬を両手の掌で挟んだシャルロット王女が、顔を近づけてきた。
「お姉様、ロゼライトさんが潰れてしまいます。」
慌てて僕からシャルロット王女を引き剥がしたフローに対して、シャルロットは「私はそんなに重くない」と不満を漏らした。
「くくくっ。」
久しぶりに見たシャルロット王女の素の姿を見て、僕は自然に笑みが溢れた。
「ロゼライトさん、笑い方が気持ち悪いです。」
フローの視線がなぜだか痛い。
「すみません、シャルロット王女の飾らない姿を久しぶりに見たので、何だか安心してしまって。」
立場上、気の抜くことのできないシャルロット王女は常に気を張っており、このような姿を見せるのは家族の他には僕に対してだけらしい。
「ところで、ロゼライトさんとシャルロットお姉様は、いつの間にそんなに仲良しになったんですか?」
無意識なのであろうが、口を尖らせたフローの言葉に若干の棘がある。
「ロゼライト君はね、私を助けに魔界まで来てくれたんだよ。」
ええ、そうですね。あなたに助けは必要なかったみたいでしたけど。
「颯爽と現れて、魔族の手から私を救い出すロゼライト君は、まるで白馬に乗った王子様。」
いやいや、あなた嬉嬉として魔族を狩ってましたよね?
「その時思ったの。ロゼライト君は私の・・・。」
「お母様、それはあんまりです!ロゼサイトに情状酌量の余地を!」
シャルロット王女による記憶の改ざんが行われていた時、テレーズ王女の声を遮ってドアを開けたのはスピネル王妃だった。
「ロゼライト。今回の件ですが、どのように責任を取るつもりか?」
いつもは一歩引いて物静かなスピネル王妃であるが、別人であるかのように眉を釣り上げ、シャルロット王女を押し退けて僕の前に仁王立ちをした。
「今回の件というのは・・・?」
あまりの迫力で言葉に詰まる。
「一国の王女の命を危険に晒したのです。この責任をどう取るのかと聞いているのです。」
「お母さま、今回は制止するロゼライトさんを無視して、私が魔族に挑んだのです。ロゼライトさんはむしろ私を助けてくれた恩人です。」
「あなたは黙っていなさい!」
僕を助けるために声を発してくれたフローではあったが、スピネル王妃の一括で声を潜めた。
「カーネリアン王は何と仰っていますか?」
娘が危険な目にあったんだ、母親としてみれば冷静ではいられないのも頷けるが、スピネル王妃の発言はあまりにも理不尽だ。
一介の学生である僕が一国の王に意見を求めるというのは恐れ多いことではあるが、スピネル王妃に意見できるのはカーネリアン王だけだ。何としてもカーネリアン王と話をしたい。
「お父様は地方の視察にでかけていて、しばらくは戻ってこないんです。」
フローがスピネル王妃の後ろから、恐る恐る僕に声をかけた。
「フローレンスは黙っていなさい!たかが学生の処分など王に判断を委ねるまでもありません。ロゼライト、明日には王都を出て行き、二度と私の前に姿を見せることは許しません。」
フローとシャルロット王女が、耳を疑うようにスピネル王妃を見た。
明日?!
そんな、あまりにも急ではないか?!
「何か、不満でも?」
その時、スピネル王妃の目の奥が怪しく光ったような気がした。
何だ、この違和感は?
「本来であれば死罪も免れないのです。十分寛大な措置だと思いなさい。」
胃袋の奥を引っ掻き回されているような吐き気と、粘土の高い空気を吸い込んだかのような息苦しさ。
これはまるで魔族と相対した時のような・・・。
いや、そんなはずはない。
何を馬鹿なことを思っているんだ。自分に否があると認めているから、罪悪感で胸が潰れそうなだけだ。
「明日以降、王都に留まっているようなら衛兵を差し向けますからね!」
そう言い放つと、スピネル王妃は靴音を響かせながら病室から出ていった。
「お母様、待ってください!」
フローは一度僕の顔を見てから、意を決したようにスピネル王妃の後を追っていった。
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