第78話 蠢く魔(10)

 学園寮の扉を開き、屋内に入った僕は今後の身の振り方を考えていた。

 スピネル王妃にあそこまで言われたら、退学を避けることはできないだろう。

 学費免除の僕にとって学園、というより王族の意見は絶対だ。

「ロゼライト、今日の夕飯はトンカツだよ。」

 厨房のおばちゃんが気さくに話しかけてきた。

 どうやら、まだ寮に退学の話は来ていないらしい。

「ブレザーどうしたんだい?ビリビリじゃないか。まさかロゼライトも魔族に襲われたのかい?」

 おばちゃんが心配そうに厨房から出てきて、僕の顔を覗き込む。

「回復してもらったから、何ともないよ。」

 ブレザーに関しては明日からは使い道がないから、破れてても問題はない。

 問題は右のポケットが特に酷く破れていて、そこに入れていたホムンクルスの卵を落としてしまった事だろうか。

 スレート先生の事だから、僕が故郷のエールベーラに帰った後も押しかけて経過を報告するように言ってきそうだ。

「ただいま。」

 部屋に入るときに「ただいま」などと言ったことなど無かった、もしかしたらこの部屋に帰ってくるのは最後かもしれないと思うと、自然に口から言葉が出た。

 入り口付近のスイッチを押し、机の上に設置されたランプの魔道具に火を灯した僕は、ハンガーにブレザーを掛け、クローゼットの中にしまった。

 突然、窓が開いて強い風が吹き込んできた。

 机に広げてあったテキストのページがパラパラと音を立ててめくれ上がる。

「おっと、どうやら鍵を掛け忘れたようだな。」

 僕は右手で教科書を閉じながら、窓を閉め、内側から鍵をかける。

「パ・・・パ・・・。」

 急に背後から小さな声が聞こえ、弾けるように振り向く僕。

「パパ・・・。」

 振り向いた先・・・ベッドの奥の壁に映し出されたのは、ゆっくりと動く何者かの影。

 まさか、泥棒?!

 いや、学生寮に金目の物を目当てに入る泥棒がいるとは思えない。

 可能性があるとすれば、身代金目当ての誘拐や遺恨による殺害。

 僕は咄嗟に闇の魔術を発動し、右手にナイフを作り出した。

「闇ノ魔術・・・、パパ。」

 僕は相手の動きに注意を払いながら、後ろ手にランプの光量を最大にして、室内を照らし出しす。

 眩い光がランプから放たれ、ベッドの上にいた何者かを浮き彫りにする。

「何だ、こいつは・・・。」

 金色に輝く鋭い目。

 頭に生える小さな二本の角。

 尖った耳。

 見え隠れする鋭い犬歯。

 背中に生えた蝙蝠を彷彿させる羽。

 ランプの光に照らされ、オレンジ色に輝く柔肌。

 なにより特筆すべきは、手のひらに乗るのではないかというそのサイズだ。

「か、かわいい。」

 やばい、自然に目尻が下がってきてしまう。

 危険なことはもちろん分かっている。突然現れた怪しい生物に対して慎重さが足りないといわ言われたら否定はできない。

 でも、仕方がないじゃないか!かわいいんだから。

「君はどこから来たんだい?」

 言葉が通じるみたいなので、その生き物を両手で包み込むように拾い上げた僕は、子供に話しかけるように声をかけた。

「リリス、生まれた。パパの闇の魔力で。」

 うん、うん。

 そっか。よくおしゃべりできたね。

 内容は良くわからないけど、可愛いから許してしまおう。

「リリス、そこで生まれた。」

 何とリリスが指差したのは、ビリビリに破れた僕のブレザーのポケットだった。

「ごめんなさい。リリス、あれ、破いた。」

 リリスの言う「あれ」というのは、多分ブレザーのポケットの事であろう。

 それが事実だと言うならば、このリリスという生物は僕の魔力で成長したホムンクルスということになる。

「大変だ、スレート先生に知らせなきゃ。」

 焦る僕の姿が面白かったのか、リリスが無邪気な笑みを浮かべた。

 同時にひとつの疑問が僕の頭をよぎった。

 スレート先生に知らせたら、この子はどうなってしまうのだろう?

 あの先生がホムンクルスと一緒に暮らすとは到底思えない。

 被検体として様々な実験に使われることは、火を見るよりも明らかだ。

「リリス、パパと一緒。」

 無邪気な笑顔が僕の胸を貫いた。

 どうせ退学になった身だ。

 今更、先生の言う事など聞く必要も無いだろう。

 僕はリリスと名乗ったホムンクルスを連れて、明日の朝に王都を発つことを決意した。

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