第75話 蠢く魔(7)

 瓦礫の下から這い出てきたジェノブは、首を何回か横に倒して動きを確認してから、僕の方へ視線を向けた。

「人間にしては面白い動きをしますね。あの方に呼び出された身ですので、それほど時間がないのですが、少し遊んであげましょう。」

 ジェノブは文字通り首を一回転させ周りを見渡し、フローの姿を確認した。

「ひっ。」

 生物ではありえない首の動きに、フローが小さな悲鳴を上げた。

 人の姿を真似ているといっても、ジェノブは魔族だ。本来どのような姿をしているか分からないので、首が一回転しても何の不思議もない。

 しかし、自分が知っている姿のモノが異様な動きをするのは見ていて気持ちのいいものではない。

「あなた、巻き込まれたくなかったら、手を出さないことをお勧めします。」

 フローを鋭くにらみ牽制をしてから、ジェノブが僕の方へと振り向いた。

 魔族に楽しいという感情があるかどうかは分からないが、僕を見るジェノブの口角は上がり、快楽を覚えているようにも見える。

 僕は一回深呼吸をしてから全身に纏っていたノームの力を弱め、代わりに火の精霊サラマンダーの魔力を全身へと漲らせた。

「ロゼライトさん、それは?!」

 そう、これが僕の新しい能力。

「王家の秘術、サラマンダー。」

 細胞ひとつひとつに、火の精霊サラマンダーの能力を付与するようにイメージする。

 ノームに比べてサラマンダーは気性が荒く魔力の扱いに苦労を要するため、実戦で使用できるようになるまでに時間がかかってしまったが、その分攻撃力は折り紙付きだ。

 全身から熱風とともに炎が噴き出した。

 不思議と熱さは感じず、呼吸が苦しいということもない。

「面白い!ノームの力だけでなくサラマンダーの力さえ、その身に宿しますか。」

 手を叩き、余裕の表情を見せるジェノブ。

「これでも余裕を見せてられるかな?」

 右手を前に差し出した僕は、今度は闇の魔力を発言させ武器を創造していく。

 ポケットに入れたホムンクルスの卵がブルブルと震えだしたが、それを気にしている時間はない。

 武器のイメージは持たず、形状は火の精霊に任せる。

 ただし、暴走させるという間違いは二度と起こさないように、魔力量の調整のみを行う。

 次第に収束する闇が僕の右手に創造した武器は、両端に龍の頭を形どった身の丈ほどの長さがある朱色の棍。

「剣が出ると思っていたんだけど、これは予想外だ。」

 しかし全身に纏う火の精霊の影響なのか、昔から使っていた武器のように不思議と手に馴染んだ。

 一振りごとに炎を撒き散らすその姿は、言うなれば怒り狂う火竜。

「赤竜棍と名付けるか。」

 少し安易すぎるかと思ったが、それ以外の名前は思いつかなかったので、僕は創造された棍に赤竜棍と名付け、右足を大きく引いて脇に挟み腰を落とした。

「それは、闇の魔力・・・。なるほど、あなたがあの方が言っていた賢者という訳ですね。」

「だったらなんだっていうんだ!」

 最初は小さかったジェノブの笑い声は段々と大きくなり、ついには中庭いっぱいに聞こえるほどの大きさとなった、

「私は、運がいい。」

 ジェノブが右手を振り上げて、地面を蹴った。

 放物線を描いて飛びかかってきたジェノブの右爪が僕の頭を襲う。

 左足を下げながら赤竜棍を両手に持ち替えた僕は、右爪を棍で弾きながら棍の反対側でジェノブの顎を跳ね上げた。

 同時に巻き起こる炎の渦がジェノブを襲う。

 堪らず間合いを取ったジェノブの顎、そして右手から霧のようなものが立ち昇り、ジェノブが苦悶の表情を浮かべる。

 赤竜棍の発する熱で熱傷を負わせたのだ。

「運が悪いの間違いじゃないのか?」

 いけるっ!

 赤竜棍の攻撃力は魔族にも通用するぞ。

「炎の矢よ、彼の者に降り注げ!」

 全身に纏った火の精霊の力により、僕の火の魔法の威力は格段に上がり、発動も驚くほど早くなっていた。

 僕の周りに出現した炎の矢は、次々に狙いを定め、ジェノブめがけて飛んでいく。

 ジェノブが堪らず数歩後ろに下がった。

 これを好機と見た僕は赤竜棍を右脇に抱えながら、ジェノブとの間合いを詰める。

 両手を交差させ炎の矢の負傷を免れているジェノブであるが、細い棍先であれば隙間を通すように攻撃が入るはずだ。

 僕は赤竜棍を両手に持ち替えると、ジェノブの正中線上にある、仁中、膻中、そして水月に三段突きを叩き込んだ。

 先程と同様に赤竜棍による傷口から、黒い霧のようなものが立ち上る。

 ジェノブがよろめいた。

「これで、とどめだ!」

 間合いをさらに詰めるために跳んだ僕は、赤竜棍を大きく振りかぶってからジェノブの脳天めがけて振り下ろした。

 しかし直後に僕の両手に感じた感触は、期待していた頭蓋を割る感触ではなかった。

「困りましたね。味見だけのつもりでしたが、私・・・我慢できそうにありません。」 

「そんな・・・馬鹿な。正確に正中線を捉えたのに・・・。」

 例えヒト以外の生物であっても、生体の構成上、正中線上に急所が集まっているのは紛れもない事実。

 まして人型の骨格を持つ生物であれば、急所の位置を見誤るはずがない。

「何を言っているのかは理解できませんが、魔族を貴方がたの物差しで測れると思わないほうが良いですね。」

 ジェノブの目が赤く光った。

 見た目に変化はないが、ビリビリと肌に感じる張り付いた空気が、さっきまでのジェノブとは別物であることを物語っている。

「ロゼライトさん、気をつけて!」

 ジェノブの変化を感じ取ったのか、フローも臨戦態勢をとる。

 ジェノブが、咆えた。

 同時にジェノブを中心に衝撃波が発生し、僕の体を中庭の端まで吹き飛ばした。

 まずい!今僕の体は土の精霊の加護、つまり耐久力付与がなされていない。

 時すでに遅く、僕の体は為すすべもなく園舎の壁に叩きつけられた。

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