第74話 蠢く魔(6)

 扉を出て最初に目にしたものは、巻き上がる砂埃と逃げ惑う同級生達。

「フロー、どこにいる?!返事をしてくれ!」

 くそっ、視界が悪くてフローの姿を見つけられない。

 右前方からいくつもの炸裂音が木霊し、衝撃波と共に細かい石が飛んできた。

 誰かが戦っているんだ!

 衝撃波があったということは、多分圧縮した空気のようなものを放って応戦しているのだろう。

「風よ。真空の刃となり、彼の者を切り刻め。」

 旋風が巻き起こり、何者かを包みんだ。

 言葉通りに魔法が発動しているならば、旋風の中は『かまいたち』のようなものが巻き起こり、体を切り刻んでいるはず。

「ロゼライトさん、来てくれたんですね。」

 やはり応戦しているのはフローだったようだ。

 振り向いたフローの表情が一気に明るくなった。

 さっきは強がっていたが、本当は不安に押しつぶされそうであった事だろうり

「先生たちは?」

 僕の言葉にフローが首を振った。

「きっと生徒たちの避難で手が一杯なんですよ。」

 我先に逃げてしまった可能性も否定できないが、それを言ったところで現状を打開できる訳じゃない。

「それなら、僕たちで助けが来るまで凌ぐしかないな。」

 騒ぎを聞きつけた騎士団が駆けつけるまで、そうは時間がかからないだろう。

 魔族に勝てるとはとても思えないが、この場に留めておく事ができるぐらいまでには、ふたりとも強くなっているはずだ。

「そうですね。被害は最小限に抑えなきゃならないですし。」

 徐々に収束する旋風の中から姿を表したのは、人と見間違うほど酷似した人型の魔族だった。

「闇の魔力を感じたからここに現れてみましたが、どうやら指示された場所とは違うようですね。」

 人間の真似でもしているのか、目の前の魔族は黒色のタキシードを身にまとい、流暢な言葉で話す。

 グランデールに比べると一回り以上小さいその体は、それほど高位の魔族でないように見えるが、ビリビリと皮膚に感じる圧力がその考えを否定した。

「何しに来た!お前はグランデールの仲間か?!」

 僕は魔族に向かって声を張り上げた。

 魔族に仲間意識があるかどうかは定かではないが、王都を襲撃する理由として、仇討ちが考えられないわけではない。

「グランデール?・・・あぁ、人間に消滅させられた、あの恥知らずの事ですか。」

 黒く長い爪を伸ばした手のひらを顔にあてながら、魔族が楽しそうに笑う。

「私は今日、機嫌がいい。特別に人間界の風習に倣って、名乗ってあげましょう。我が名はジェノブ。闇の眷属にして、人間界を統べるあの方の使者。」

「あの方?」

 確かグランデールも使者だって言っていたな。

「あの方って誰のことだ?!」

 ジェノブの背中に蝙蝠のような羽が生え、突風を巻き起こした。

「特別に名乗って差し上げたのです。下等な人間が私に質問することまでは許していません。」

 右手を僕の方に向けたジェノブの両目が金色に光った。


 ――まずい!


 背筋が凍るような感覚を覚えた僕は、フローの体を突き飛ばし、同時に反対側へと飛んだ。

 ぐにゃりと曲がったジェノブの右手が伸び、一瞬前まで僕達がいた空間を切り裂く。

「ほほぅ、これを避けましたか。」

 ジェノブの目が僕の姿を追う。

 先に倒すべき人間は僕だと判断したようだ。

 ムチのようにしなる右手が空を裂き、地面を刳り、木を薙ぎ倒す。

 関節部分以外も自由自在に曲がるため攻撃がよみづらく、なかなか間合いを詰められない。

「吹き荒れろ、氷の嵐よ。」

 ジェノブが僕に意識を向けていた隙にイメージを膨らましたのであろう。フローの声が中庭に響いた。

 直後にジェノブを包み込む小さな竜巻。

 ・・・いや、よく見ると竜巻の中には薄い氷の刃が混ざり、ジェノブの体に傷をつけているようだ。

 風と水、フローは同時に2つの魔法を発動させ、殺傷能力を上げたのだ。

 意図せぬところからの攻撃で、ジェノブの意識がフローに向いた瞬間を僕は見逃さなかった。

「王家の秘術!」

 土の魔力が全身の隅々、まさに細胞ひとつひとつまでに渡っていくのが感じられる。

 地面を踏みしめる両足に力がみなぎり、力を込めた親指付近の地面がめくれ上がった。

「土の精霊よ、僕に力を!」

 そう叫ぶと同時に短距離走で言うクラウチングスタートの構えを取った僕は、ジェノブめがけて思いっきり地面を蹴った。

 弾丸のような速度で間合いを詰めた僕は、そのまま速度を落とすことなく肩からジェノブへ突進し、中庭の壁まで押し込む。

 ジェノブの腹に僕の肩がめり込んだ。

 魔族をこの程度で倒せるとは思えないが、最初の攻防としては上々だろう。

「これはオマケだ!」

 右手を伸ばしてジェノブの髪の毛を掴み顔を引き寄せると、僕はジェノブの顔面に左足で膝蹴りを繰り出した。

 “ブチブチ”という音を立ててジェノブの髪の毛が千切れ、頭が跳ね上がる。

「もうひとつ!」

 追撃が可能と判断した僕は、握りしめていたジェノブの髪の毛を地面に捨て、力一杯右手の拳をジェノブの顔面に叩き込んだ。

 中庭の壁まで吹き飛び壁を破壊したジェノブは、仰向けに倒れ“ピクリ”ともしない。

 ジェノブの体の上へ瓦礫が崩れた。

「勝った・・・のか?」

 やけに呆気ない。

 奇襲に成功したとしても、出来すぎた結末だった。

 僕も成長しているということなのだろうか?

 半信半疑ながらも、構えた手を降ろす僕。

「ロゼライトさん、上です!」

 フローの叫ぶような声を聞き、反射的にバックステップをした僕の目の前を、黒いなにかが通過した。

 尻尾だ。

 先端に棘のついた尻尾は地面へ深々と突き刺さったあと、次の獲物を見つけるかのように地面から這い出て、切っ先を僕へと向ける。

 フローの言葉が無ければ確実にやられていた。

 僕は再度、気を引き締めた。

 相手は魔族。

 少しも油断をしてはならない。

 そうしなければ確実に命を失うことになるだろう。

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