第71話 蠢く魔(3)

 スレート先生に促されて、まずはフローがトレーニングドールの前に立った。

「スレート先生、魔法に指定は無いんですか?」

 フローからの質問を聞き、あからさまに面倒くさそうな表情になるスレート先生。

「何でも良いぞ。」

「合成魔法でも?」

 フローの言葉を聞き、スレート先生の目が一瞬だけ鋭く光ったような気がした。

「合成魔法か。今まで例がないが、複数の加護精霊の力を使ってはいけないという規則はなかったはずだ。」

 スレート先生の言葉を聞いたフローが拳を握り、小さくガッツポーズをした。

 トレーニングドールを使った魔法の威力を競う試験では、やはり導師よりも術士の方が有利である事は否めない。

 しかし魔人特有の合成魔法であれば、2つの精霊の力を使うため魔法の威力は倍・・・いや、相乗効果で数倍に膨れ上がり、術士を凌ぐほどの威力を発揮するはずだ。

 フローが目を瞑り集中すると、まずは右手に魔力が集まり小さな旋風が起こった。

 軽く目を開け、右手を確認するフロー。

 続けて左手にも魔力が宿る。 

 落ちていた小石が浮かび上がり、フローの左手付近に浮かび上がった。

 目で見ることはできないが、フローの左手には重力の渦が発生していることだろう。

 本来、風と土の魔法は相性が悪く、お互いを打ち消し合うように作用する。

 しかし、全く同じ魔力で2つの魔法を掛け合わせる事により、魔法の合成という奇跡が生まれるのだ。

 合成魔法は、生まれたときから相反する魔力を体内宿し、常に体内で魔力のバランスを保ってきた魔人だからできる魔法だといえる。

「サンダーボルト!」

 気合の入ったフローの言葉と同時に風と土の魔法が合わさり、激しい炸裂音を響かせる光球が出現した。

 ・・・どうやら、フローは風と土の合成魔法をサンダーボルトと命名したらしい。

「行っけー!」

 光球から稲妻が触手のように伸び、トレーニングドールを襲う。

 響き渡る炸裂音と、周囲に充満する木の焦げた臭い。

 今までフローが使っていた魔法とは比べようもないほど、高出力の魔法だ。

「どうですか?!スレート先生!」

 フローは興奮した表情で振り向き、スレート先生に感想を求めた。

「テストの点数としては、まあまあだな。だが・・・。」

 何かを言いたそうなスレート先生であったが、小さく首を振り「テストとは関係のない話だ」と口をつぐんだ。

「次はロゼライトさんの番ですよ。」 

 合成魔法を放つことができたのが嬉しかったのだろう。満面の笑顔のフローが小走りで寄ってきて、僕の手を両手で引っ張った。

「分かったから、あんまり引っ張らないでくれよ。」

 試験中だというのにフローがはしゃいでいるため、意図せずみんなの注目を浴びてしまった僕は、気恥ずかしさを覚えながらトレーニングドールの前に立った。

 サラマンダーとノームの力を極限まで弱めれば、僕の闇の魔法の威力は術士のそれと遜色ないはずだ。

 問題は何を『創造』して、トレーニングドールに当てるかだな。

「おい、ロゼライトが魔法を使うぞ。」

「ちょっと見に行かないか?」

 魔導武術大会で良い成績を修めて以来、生徒たちの中で『賢者=弱い』という考えは無くなってきている。

 その代わり、皆の興味は僕がどのような魔法を使うのかということに移行しつつある。

 ある者は、精霊の申し子と呼び、

 ある者は、闇の使徒と呼び、

 ある者は、危険な刃物オタクと呼ぶ。

 ・・・危険な刃物オタクってなんだよ。

 入学してから何かと忙しく、学園に顔を出していない状態が続いているので、噂が噂を呼び二つ名がどんどん増えていってしまうのが今の悩みのタネだ。

「ロゼライトがんばれー。」

「負けんじゃねぇーぞ!」

「串刺し王子、頑張って!」

 気がつくと僕の周りには人だかりができ、皆が口々に僕に声援を送っていた。

 これって何の応援?

 っていうか、串刺し王子って何?初めて聞いたんですけど。

「ロゼライト、いいかげん始めろ。」

 しびれを切らしたスレート先生が、僕に開始を促した。

「では始めます。」

 僕は心を落ち着かせ、サラマンダーとノームに話しかけるように干渉していく。

 ゆっくり、

 ゆっくり、

 火と土の精霊が眠りにつくようなイメージで。

 同時に感じるのは、闇の精霊の力が増している感覚。

 火と土の精霊に分配されていた魔力が、闇の精霊に集まってきているのだ。

 そうだ、魔法のイメージはどうしようか。

 大きな剣?

 ただの鉄の塊で押し潰すというのも、ひとつの手だな。

 2つの精霊の魔力を抑え、1つの精霊に集中。さらに魔法のイメージを明確に・・・ダメだ。頭がついていかない。

「闇の精霊に任せるか。」

 ヤケになったのではない。

 これは僕の経験から導き出された結論。

 魔導武術大会の時に武器の形を土の精霊に任せた時は、大剣が生成された。

 これは土の精霊自らが、自分の力を発揮しやすい形を選んだのだと僕は考えている。

 闇の精霊に十分と魔力が集まったのか、気がつくと僕を中心に半径2メートル、つまり僕の魔力が届く範囲の地面から黒い靄のようなものが発生していた。

 直後に靄が渦を巻き、竜巻のように舞い上がる。

 闇の靄に呼応するかのように、ポケットに入れているホムンクルスの卵が激しく震えた。

 竜巻が、割れた。

 直後、地面から姿を表したのは、僕の身長ほどもある大きな漆黒の槍頭。

 そいつはどんどんと姿を露にし、ついには全長10メートルほどの全貌を現した。

「グングニル・・・。」

 誰かがそう呟いた。

 それは最高神オーディーンが使ったとされる、神槍の名前。

「ロゼライト、その槍を引っ込めろ!」

 スレート先生の叫び声が耳の奥に響いた。

 ・・・意識が遠のく。

 やばい、魔力切れだ。

 薄れゆく意識の中で見僕が見たものは、グングニルがその身を回転させ、槍頭をトレーニングドールに向けるところだった。

「皆、伏せろー!」

 耳の奥でスレート先生の声が響いた。

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