第70話 蠢く魔(2)
扇状に伸びた講堂の中、筆記用具を置いた僕は自分の答案用紙を見て安堵の溜息をついた。
必死に勉強をした結果、何とか空欄を埋めることはできた。
テストの目標としては些か低いと言わざるを得ないが、僕が授業を受られた時間を考えれば、「良くできた」と言って差し支えないだろう。
「続けて実技試験を行います。各自演習場へ移動してください。」
事務員なのであろうか。面識のない若い試験官は、答案を集めながらクラスの皆にそう指示した。
実技試験は中庭に設置された演習場で行われるようだ。
「ロゼライト、筆記試験はできたのか?」
別室で試験を受けていた術士クラスの集団の中から声をかけてきたのは、風の術士であるルディだ。
「なんとかね。いい点が取れるとは思えないけど。」
僕は両手を広げて戯けてみせた。
「まぁ、実技試験を頑張れば大丈夫だよ。」
確かに評価ウエイトとしては実技試験の方が多いらしい。
しかし、それが優位に働くのは術士クラスの生徒たちだけであろう。
守護精霊を複数持つ者、特に賢者や魔人の魔法は、術士の魔法と比べてどうしても見劣りしてしまうからだ。
それに僕が学園に来れなかった時間も、皆は魔術に励んでいた事を考えると、僕と皆の差はさらに広がっているはずだ。
比較的楽観的な性格をしている僕でも、この状況で「なんとかなる」などとはとても思えない。
「ロゼライトさん、先に行かないで下さいよ。」
僕とルディの会話に割り込んできたのは、魔人であるフローだった。
「おはようございます、フローレンス王女。」
ルディが深々と頭を下げた。
腰の低いフローと一緒に行動することが多くて、彼女が王族である事をつい忘れがちだが、本来ならただの学生である僕などフローと話すことさえ許される事ではないのだ。
「おはようございます、ルディさん。同級生ですし、私のことはフローと読んでいただいても良いんですよ。」
そう言ったフローの表情はとても明るい。
きっと筆記試験がかなりよくできたのだろう。そうでなければ魔力に不安があるフローが実技試験の前に、ここまでリラックスできているはずがない。
「ロゼライトさん、演習場に何か置いてありますよ。」
中庭に続くドアをくぐり外に出たフローは、演習場に置いてある複数の人形を見ると、僕の手を取って走り出した。
「フロー、引っ張ったら危ないって。」
一般人の僕には、試験というものは憂鬱でしかないのであるが、王族であるフローにとっては、学園で見るもの全てが新しくて興味深いのであろう。
――トレーニングドール。
フローの見つけた人形の名前だ。
トレーニングドールとは、魔法障壁を何重にも施してある人形の事であり、施してある魔法障壁を何枚破壊したかで、魔法の威力を測定したりするのに使用する物だ。
「みんな揃ってるか?」
魔法実技の先生が何人か前に立ち、自分のクラスの人数を数えだした。
スレート先生は僕とフローの姿をチラリと見ただけで、つまらなそうに演習場の横に腰掛けた。
きっと魔法の研究にしか興味がないスレート先生にとっては、生徒の成績などどうでもいいのだろう。
「それでは、生徒は自分の担当講師の所に移動して、試験の説明を受けるように。」
術士クラスの講師がそう説明すると、生徒たちはそれぞれの担当講師の元へと移動を開始した。
スレート先生はというと、やる気なさそうに僕とフローを手招きしている。
「トレーニングドールに魔法を打つ、威力を測る、成績がつく。説明は以上だ。」
うわぁ、雑な説明だなぁ。
そうこうしているうちに、他のクラスでも実技試験が始まったらしい。
「火の精霊よ、我の力となりて、かの者を灼炎の炎で包み込め。」
な、なんだ?!
僕が声がする方向へと目をやると、術士の生徒が怪しげな呪文を口にしながら魔法を発動させているところだった。
いや、呪文を口にしているのは一人の生徒だけではない。
声の大きさに差はあるものの、実技試験を受けている生徒の過半数が呪文を口にしているのだ。
「ロゼライトさん。最近、学園内では魔法を発動させるときに、自分オリジナルの呪文を口にするのが流行っているらしいですよ。」
不思議そうな表情をしていた僕を気遣ったのだろう。フローが皆が口にしている呪文について教えてくれた。
何だ、その恥ずかしい流行は。
「言葉を口に出すことによって、頭の中のイメージを明確に思い描く事ができるらしいです。」
魔法イメージを明確にするために、言葉を口に出す人は結構いる。
僕もトゥラデルに「声に出せ」言われて以来、頭の中にイメージを作り出すときに魔法を連想させる言葉を口にすることが多い。
しかし・・・センスは人それぞれだから文句を言うつもりはないが、言葉によってイメージを明確にすることを目的とするならば、トゥラデルの「火球、ふたつ、出ろ」みたいなものの方がまだマシだろう。
「ファイアーボール!」
言葉とともに掌から飛び出る火球。
・・・思ったより、呪文の名前は普通だったな。
大層な呪文を唱えていたから、自分の魔法にも凄い名前を付けているのかと思っていたが、そうでもないらしい。
そんな恥ずかしい彼も、さすがは術士クラスの生徒だと言わざるを得ない。
彼の放ったファイアーボールはトレーニングドールを直撃し、見事に頭を吹き飛ばしていた。
「他を見ててもきりがない。そろそろ始めようか。」
しびれを切らしたスレート先生が立ち上がり、僕達に試験の開始を告げた。
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