蠢く魔
第69話 蠢く魔(1)
学園から帰宅した僕は本棚から『魔術基礎読本』という教科書手に取り、机の上に開いた。
夕飯の時間まで1時間ぐらいある。
まずはこの教科書の冒頭から38ページまでを読み、各魔法の特色と守護精霊について理解しなければならない。
イフリートの試練やら、魔術武道大会やら、ベヒモスの試練やらで忙しくしていた僕が、急に教科書を読もうと思ったのには理由がある。
先日ベヒモスの試練から帰宅した僕に突きつけられた、衝撃的な事実があるからだ。
――学期末試験
これが僕を失意のどん底に突き落とした、悪魔のような言葉の正体だ。
「ロゼライト君は出席日数もギリギリだから、相当頑張らないと留年だからね。」
感情が喪失してるんじゃないかと疑うぐらい冷たく言い放った担任の台詞を反芻してみたが、それで何かが解決するわけもなく、むしろ焦る気持ちが増すばかりだった。
「とりあえず、教科書を読むか。」
入学早々、王家の方々に翻弄されまくっていた僕は、殆ど授業に出ていない。
実技の講義はスレート先生の歪んだ志向のもと、偏ってはいるものの少しは使えるようになったと思っている。
「座学の方は、マジでヤバいな。」
僕は教科書のページをめくり、魔法の特色の項目を読み始めた。
――火の魔法。
火を自在に扱い、様々なものを燃やす魔法。
分子を振動させることにより、物質そのもにエネルギーを蓄積させ発熱・発火させる事も可能。
火の魔法の使い手は、高温に対する耐性を得る。
――水の魔法。
水を自在に扱い、様々なものを浄化する魔法。
物質、または空気中の水分を気化させることにより物質のエネルギーを消費させ氷結させることも可能。
水の魔法の使い手は、低温に対する耐性を得る。
――風の魔法
気体を自在に扱い、空気を動かす魔法。
術者の魔力範囲内に存在する対象の能力や性質を奪うことが可能であるが、その原理は解明されていない。
――土の魔法
重力を自在に扱い、物質を動かす魔法。
術者の魔力範囲内に存在する対象に能力や性質を与えることができるが、その原理は解明されていない。
魔術の基礎の教科書ということだけあって、一般の人でも知っている内容が書いてあるな。
「さすがに光と闇の魔法については、触れられていないか・・・。」
ページをめくるっても、光と闇の魔法の説明は書いてない事を少しだけ残念に思い僕は呟いた。
教科書に全く触れていないということは、単に光と闇の魔法の研究が進んでいないということだけではなく、王国の機密事項だということなのだろう。
「次のページは守護精霊についてか。」
――サラマンダー
火を司る精霊。
術者に火の魔法を授ける。
精霊核の力は『破壊と再生』。
――ウンディーネ
水を司る精霊。
術者に水の魔法を授ける。
精霊核の力は『浄化』。
――シルフ
風を司る精霊。
術者に風の魔法を授ける。
精霊核の力は『略奪』。
――ノーム
土を司る精霊。
術者に土の魔法を授ける。
精霊核の力は『付与』
尚、稀に上記四大精霊の他の守護精霊(スプライト(植物)、ヒューリー(怒り)等)を宿す人間も存在する。
やっぱり光と闇の魔法については記載なしか。
四大精霊以外の精霊を宿す人がいるっていうのも驚きだ。
これまで生きてきてそんな人に会ったことがないのだから、そうそう生まれてくるものじゃないのだろう。
教科書をめくって2ページ目にして知らないことが書いてあるってことは、相当気合を入れて勉強しなくちゃヤバいかもしれないな。
「え〜と、火の魔法は分子を振動させてエネルギーを蓄積・・・。」
分子というのは物質を構成する小さな粒の事だったな。
僕は試しに机に置いてあった木のコップを手に取り、魔力を注入してみた。
特にコップが振動するというのは感じられない。
「やり方が違うのかな・・・?」
今まで火の魔法というのは手から火を出すのだとばかり思っていたが、原理はもっと難しいところにあるらしい。
「熱っつ!」
手に持っていた突然コップが発熱し、僕は机の下にコップを落としてしまう。
「なるほど。このままエネルギーを与え続けると発火するというわけか。」
これだったら、火の魔法は『燃やす』以外の使い道も多そうだな。
次は土の魔法を試そう。
「重力を扱い、物質を動かす・・・か。」
土の魔法は重力操作に加えて『付与』という力もあるため、生活する上で一番役に立つ魔法だが、その原理は解明されていない。
僕は先程落としたコップを土の魔法で宙に浮かせ、魔力を操作しながら机の上に戻した。
火や水の魔法のように原理が解明されれば、もっと応用的な使い方もできるのだろうけど、研究者達に分からない事が僕にわかるはずがないか。
他に僕が使えるのは闇の魔法。
でも、これはテストとは関係なさそうだな。
光と闇の魔法は、土や風の魔法以上に原理が解明されておらず、教科書にも載っていないぐらいだ。
テレーズ王女が言っていたように、闇の魔法の精霊核の力が『創造』なのであれば、闇の魔法は土の魔法以上に生活に欠かせないものとなるだろう。
なにしろ何もないところに、物を作り出すことができるのだ。こんなにも便利な魔法があるとは思えない。
逆に光の魔法は何の役に立つのだろうか?
シャルロット王女の使う『瞬間移動』は戦闘において脅威であるが、移動距離も短く、障害物を通り抜けることもできない。
他に光の魔法ができることといったら、超高速の魔法攻撃ぐらいだ。
「もしかして光の魔法って、あんまり便利じゃないのか?」
せめて精霊核の力が解明されれば応用もできるんだろうけど、今のままじゃ『すごく強い魔法』としか思えないぞ。
日が陰り、手元が暗くなっていたことに気づいた僕は、時計を確認して教科書を閉じた。
勉強を始めてから既に1時間が経過していた。
テストと関係ないことを考えていたから、テスト勉強は全然捗っていない。
もっと集中しないとヤバいな。
僕は目頭を親指で強く押した。
思いのほか目が疲れていたのか、強めの刺激が心地よい。
「ロゼライト。ご飯行かないか?」
ルディがドア越しに声をかけてきたのは、ちょうど教科書を本棚にしまおうとして席を立ったときだった。
明日からはもっと頑張ろう。
ルディに挨拶をして後ろ手にドアを閉めたとき、机の上に置いてあったホムンクルスの卵が少し動いた気がした。
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