第64話 フローレンスの苦悩(8)
アクアディールの案内ので、シュア山脈の麓の街カーラに到
着した僕達は早速フローの捜索を開始した。
カーラはシュア山脈付近では唯一の大きな街であり、山脈の関所を抜けて国境を超える人々は、この街で補給を済ませるのが慣習となっている。
「露天商が多いわね。」
街道沿いに所狭しと並んだ露天を見て、ソフィアが目を丸くしている。
整然と路面店が並ぶ王都と比べると、カーラは騒然としている。
しかし、その雰囲気はこの街が活気に満ちていると言うこともできた。
「そこの緑の姉ちゃん!」
果物や干し肉など、多彩な食料を所狭しと露天に並べている男がソフィアに声をかけてきた。
「み、緑の姉ちゃん?!」
王都では間違っても受けない扱いにソフィアが驚きの声を上げる。
「ぶはっ!」
思わず吹き出したバッシュに非難の眼差しを向けるソフィア。
バッシュはソフィアの視線に気づくと、下手な口笛を吹きながらあらぬ方向に目をやった。
「姉ちゃん達はどこに行くんだい?遠出するなら、食料はうちで買ってくれよ。安くしとくからさ。」
私服といえども、王都の騎士団の人たちの服装はそれなりに整っている。
僕達一行が金を持っていると予想したのか、露天商は店先まで出てきて、少し高価な干し肉やドライフルーツを見せてきた。
「いいえ。結構よ。悪いけど、私達は少し急いでいるの。」
うんざりした表情を見せるソフィア。
直後、先頭を進んでいたアクアディールが立ち止まり、手で建物の影に隠れるように合図した。
「いました。フローレンス王女です。」
アクアディールが指さした場所、露天の立ち並ぶ一角に銀髪の少女フローレンスの姿はあった。
「何をしてるんですかね?」
昼間から酒を提供している露天の店先で、テーブル席で飲んでいる客に何やら話しかけているようだ。
「もう、別のテーブルに行くようだな。」
ソフィアもフローの行動に興味があるようで、路地から顔を半分だけ出して、フローの様子を伺っている。
「何かを聞いている・・・聞き込みをしているのか?」
顎に手をやりながら呟いたのはバッシュだった。
「また移動するみたいですね。ゆっくり後をつけましょう。」
フローが道を挟んで反対側の露天に移動したのを確認した僕達は、店の裏側に隠れるように移動した。
店主たちの視線が痛いように突き刺さるが、ここは『何事にも屈しない』という心の強さが試されていると思い込むことにした。
「おっ、これ美味いぞ。」
いつの間に手に入れたのか、バッシュが右手に持った何かの串焼きを頬張りながら舌鼓を打った。
「バッシュ、何やってるの?!見つかっちゃうでしょ?」
驚いたソフィアがバッシュをたしなめるが、バッシュには反省の色が見えない。
それどころか、ソフィアに反対の手に持った串焼きを差し出したりするから驚きだ。
「あ、ありがとう。」
お礼を言って受け取るソフィア。
というか、受け取ることにびっくりだ。
「おい、お前ら。」
その時、僕達の後方でそう言ったのは、低く野太い声の持ち主。言うまでもないことだが、バッシュではない。
誰かに見つかったのだ。
素早く散開する僕達。
露天の裏という狭い空間であるため、十分な間合いを確保することはできないが、さすが訓練された騎士たちと言うべきか、それぞれが自分の役割を理解していた。
先頭はバッシュ。右手に構えているのは先程まで肉が刺さっていた竹串の剣。
中央はソフィア。肉つきの竹串を両手で持ち、中段の構えで相手を牽制している。ちなみにいつの間にか少し食べたみたいで、ソフィアの口の端には肉汁が付いている。
アクアディールは・・・ふたりの姿を見て、頭を抱えてうずくまった。
「尾行するならもっと静かにやってくれないか?」
そう言った男の姿に僕は見覚えがあった。
「トゥラデルじゃないか!」
赤黒い髪、無精髭を生やした顎、鋭い目と少しニヤついた口。
男はイフリートの試練のときに同行してくれた冒険者のトゥラデルだった。
「おう、小僧。やっぱり首を突っ込んできたな。」
突っ込みたくて突っ込んたんじゃないけどね。
「じゃあアクアディールが言ってたフローの護衛って・・・。」
僕はアクアディールの方を見た。
「あまり好きなタイプでは無いですが、実力は確かな人です。フローレンス王女が直接護衛として雇ったみたいね。」
確かにトゥラデルが護衛についていれば、フローに手を出すことはできないだろう。
「お前ら、尾行のやり方も知らねぇのか?」
呆れた顔をしたトゥラデルが肩をすくめ、溜息をついた。
「こんな大勢でゾロゾロと後をつけたら、見つかるに決まってるだろ?しかも肉の串で戦うようにな間抜けをふたりも引き連れて・・・。」
「はっはっはっ、いやはやお恥ずかしい。あまりにも串焼きが美味しそうだったので、誘惑に負けてしまいましたよ。」
バッシュが立ち上がり、頭を掻きながら懐から串焼きを取り出してトゥラデルに差し出した。
バッシュはいったい串焼きを何本買ったのか・・・というか、あんなところにしまっていたら、服がタレでベトベトになってしまわないのだろうか?
「尾行するのは良いが、嬢ちゃんに見つからないように見つからないように気をつけてくれよ。」
そう言い残して、トゥラデルは露天の隙間からフローの方へと歩いていった。
「あそこまで近づかれるまで気付けないとは・・・。あのトゥラデルとかいう男、かなりの手練とみた。」
ソフィアが真剣な眼差しで呟く。
串焼きに夢中になっていただけだと思うのですが・・・。
「ソフィア様、フローレンス王女が移動しました。」
アクアディールの声でフローに目をやると、トゥラデルと言葉を交わしたフローが露天の客に頭を下げて歩き出すところだった。
「王族に頭を下げさせるとは・・・あの酔っぱらいめ、目にものを見せてやる。」
剣を抜き、今にも飛び出してしまいそうなソフィアを、体を張って止めるバッシュと僕。
「おいおい、聖騎士団っていうのは、こんなに血の気の多い奴らの集まりなのか?!」
バッシュの言うことはもっともだ。
王家直属の聖騎士団などと聞くと、お行儀の良い貴族や評議員の御子息で構成されている、儀礼的な騎士団を想像しかねない。
カーネリアン王がそんな無駄をするとも思えないが・・・。
その後もフローは露天を回っては、店員や客に何やら質問をして深々と頭を下げていく。
声が聞こえないため、何をしているのかは分からないが、フローの必死に頭を下げる姿に胸が熱くなった。
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