第63話 フローレンスの苦悩(7)

 聖騎士団副団長であるソフィアを先頭に、僕達はシュア山脈の麓の町カーラへ急いでいた。

「ベヒモスの試練って言ってましたけど、シュア山脈にはベヒモスがいるんですか?」

 かつて、ペルケ火山でイフリートの目撃情報があったという話は割と有名なようだが、シュア山脈にベヒモスがいるという話は聞いたことがない。

 そもそも広い世界の中、王国の周りに何体もの上位精霊の住処がある事自体が信憑性に欠ける話だ。

 僕はかねてから疑問に思っていたことを口にした。

「ベヒモスやイフリートなどの上位精霊たちは、本来精霊界の住人だから、現世に存在しているわけではないんだよ。」

 ソフィアが手綱を器用に操り、僕の横に並ぶように歩調を合わせてきた。

「上位精霊が目撃された回数が多い場所を、便宜上『住処』と呼んでいるだけで、上位精霊たちは現世のどこにも存在はしない。」

「それじゃ上位精霊たちに出会うことはできないのでは?」

 しかし、イフリートは現世に存在していた。ソフィアの説明ではイフリートの存在を説明することができない。

「精霊の力の強い場所っていうのは、精霊界との境界線である場合が多くて、上位精霊たちはそういう場所に姿を現すことが多いんだよ。」

「それって、仮にシュア山脈が精霊界の境界線だとしても、ベヒモスに会えるかどうかは運次第って事ですか?」

 そもそも上位精霊たちは数十年に一度姿を現せば多いほうだ。運任せで出会えるほど甘くはない事は一目瞭然だ。

「だからこそロゼライト、君を連れてきてるんだろ?スレートの話によれば、賢者ってのは精霊に『愛されし者』だと言うじゃないか。頼りにしてるよ賢者君。」

 そんな不確かな情報を当てにされても、困るんですけど。

「誰か来るぞ。念の為、警戒しておけ。」

 周囲の警戒をしていたバッシュが僕らに馬を寄せ声を上げ、自らは背中に背負った大剣の鞘に付いている安全ベルトを外した。

 目を細め街道を見ると、こちらに進んでくる騎馬がひとつ確認できる。

「バッシュ、近づいてくる者の容姿を教えてくれ。」

「ちょっと待て、今やる。」

 ソフィアの指示を受け、バッシュが自分の両目に魔力を込めるのが分かる。

 自分の目に視力を『付与』しているのであろう。

「女だ。水色の髪・・・白い鎧・・・あの紋章は聖騎士団員か?」

 かなり遠方であるはずなのに、バッシュはこちらに向かってくる人影の容姿を口にした。

「アクアディールか?・・・妙だな、彼女はフローレンス王女の捜索に就いているはずだが。」

 ソフィアが首を傾げた。

「すまんがそろそろ限界だ。視力を戻すぞ。」

 両目を真っ赤に充血させたバッシュが、視力付与の魔法を解除した。

 土の魔法は様々な能力を付与することができるが、人体の能力を超えた力を付与すれば、その代償は高くつく。

 重力操作や筋力付与と違い、視力付与は眼球への負担が大きく、無理を続ければ失明の危険さえあるのだ。

「アクアディール、フローレンス王女の捜索はどうした?」

 街道をこちらへ駆けてきたのは、ソフィアの予想通りアクアディールだった。

「フローレンス王女の護衛として雇われた人間と接触ができました。王女はこのままカーラへ移動し、情報収集を始めるとの事です。」

 アクアディールが馬から降り、ソフィアに跪いた。

「護衛だと?それは信頼できる者なのか?」

 ソフィアが驚きの声を上げる。

「はい。個人的にはあまり好きではないタイプでありますが、実力は確かかと。」

 厳しい目を持っているアクアディールが認める実力者とはどんな人物なのか。一回会ってみたいものだ。

「それと、その護衛よりフローレンス王女の行動をしばらく見守っていてくれないかと頼まれましたが、いかがなさいますか?」

「ふむ。どうしたものか・・・。」

 ソフィアが右手を顎に当てた。

 通常であれば、第一に考えるのはフローレンス王女の保護とベヒモスの試練の準備である。

「危険がないなら見守ってみても良いと思うけど、どうかな?」

 僕達の後方で事の行き先を見守っていたバッシュが、馬上から明るい声を発してきた。

「その聖騎士の言い方だと、フローレンス王女と一緒にいる護衛は実力は確かみたいじゃないか。うちの団長だったら「見守るのも必要だ」って言うだろうな。」

 バッシュの言う『団長』とは、もちろんテレーズ王女の事であろう。

「テレーズ王女ならそう言うかもしれないが、私とテレーズ王女では立場が違う。もしもフローレンス王女に何かあったら、シャルロット王女に何と申し開きすればいいと言うのだ。」

 ソフィアの言うことも、バッシュの言うことも一理ある。

 任務を優先するべきであれば一時も早くフローと合流するべきだし、フローレンスが何をやろうとしているのか見守り成長を促すのも大切なことだ。

 しかしこのような大事な場面で、カーネリアン王やスピネル王妃の名前ではなく、テレーズ王女とシャルロット王女の名前が出てくるあたりに王の求心力の無さ・・・いや、奇跡の三姉妹への国民の期待の大きさが伺える。

「フローレンス王女にすぐに接触するべきか、それとも様子を見るべきか・・・そもそもフローレンス王女は誰を護衛に連れているんだ?少なくとも騎士ではないはずだが・・・。」

 場上で悩むソフィア。

「あのぉ。」

 声を発した僕に全員の注目が集まった。

「護衛できる距離まで近づいて、気づかれないように観察するってのはダメですか?フローは案外抜けてるので、気づかないと思うんですよね。」

 王女相手に「抜けている」とは失礼かと思ったが、そんなところもフローの魅力だと思っているので、僕はありのまま口にした。

「王族相手に盗み見るってのは、少々背徳感があるが・・・。」

「他にいい案は無いし、仕方がないと言うべきなのだろうな。」

 王族に仕える騎士団の二人には抵抗があるだろうが、フローの安全と成長の両者を考えるのであれば、『監視』という選択肢が最善のように思えた。

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