第62話 フローレンスの苦悩(6)

 次の日の朝、指定された時刻より随分と早くに西門に訪れた僕を待っていたのは、背の高い筋肉質な男であった。

 丸太のような手足、厚い胸板、軽鎧の隙間に見えるアンダーウェア越しでもわかる割れた腹筋・・・そして不自然なほど整った顔と、そこに輝く真っ白な歯。

「ロゼライト君、おはよう!」

 男は太陽のような笑顔・・・いや、むしろ気持ちが悪いほどの笑顔で、僕に話しかけてきて右手を差し出した。

「お、おはようございます。」

 この男、なぜ僕の名を・・・。

「はっはっはっは!魔術武道大会見たよ。なかなかの活躍だったな。」

 豪快に笑った男は、そう言って僕に右手を差し出した。

「私はバッシュ。テレーズ王女に今日ここに来るように言われんだが、どうやら少し早くに来てしまったようだ。」

 バッシュと名乗った男は、僕の右手を両手で包み込むようにして掴んだ。

 もしも目で見えるのであれば、‘‘ギリギリ’’という擬音語が浮かび上がりそうなほど、力を込めて握手をするバッシュ。

 僕も負けないようにバッシュの右手を両手で掴み力を込めるが、バッシュの表情は笑顔のまま変化は見られない。

「ロゼライト君!情熱的な握手、大変良いね!」

 僕の全力を笑顔で受け止めたバッシュは、今度は僕の背中を大声で笑いながらバシバシと叩いてきた。

 バッシュは、脳みそが足りないんじゃないかと思うくらいの脳筋の持ち主なようだ。

「ふたりとも朝から何をやっている。今回の捜索は、一応秘密裏に行われている。あまり目立つ行動はしないようにな。」

 僕とバッシュに声をかけてきたのは、2頭の馬をひいたソフィアと数名の騎士を引き連れたテレーズ王女だ。

「はっ、テレーズ王女におかれましては、本日も・・・お日柄もよく・・・ご機嫌・・・?」

 直立してテレーズ王女と向き合ったバッシュは、口述に躓くと僕の方を盗み見た。

 いや、助け舟は出しませんけど?

「フローレンスがいなくなったことは、一部の人間しか知らないから大体的には送り出してやれない。よって見送りは私を含めた大鷹騎士団のみになってしまったこと、勘弁していただきたい。」

 ソフィアから手綱を受け取ったテレーズ王女が、僕に馬の手綱を手渡した。

「またロゼライトの力を借りることになってしまった。フローレンスをよろしく頼む。」

 テレーズ王女が僕の手を取り、頭を下げた。

 一介の学生にも礼を尽くすことができるということも、テレーズ王女の魅力のひとつなのであろう。

「テレーズ王女、このバッシュが必ずフローレンス王女を探してきます!大船に乗った気分で待っていてください。」

 腰に手を当て、バッシュは豪快に笑った。

 バッシュを見るテレーズ王女の視線が、こころなし冷たかった気がしたのは気づかなかったことにしよう。

「それではテレーズ王女、一日も早くフローレンス王女と合流し、ベヒモスの試練を乗り越えて帰還いたします。」

 ソフィアが馬に跨ったのに倣い、僕も鐙に足をかけた。

 馬が小さく嘶きを上げ横目で僕を見たが、大人しくしてくれたようだ。きっと乗馬に慣れていない僕のために、テレーズ王女が、扱いやすい馬を選んでくれたのであろう。

 王都の西門を出ると街道沿いに草原が広がり、のどかな風景が広がっている。

 ゴブリンなどの魔物や盗賊の姿が見えないのは、王都周辺の警備を担当している騎士団の働きの賜物だろう。

「ロゼライト君、フローレンス王女とはどういう関係なんだい?」

 何の脈絡もなく話題を振ってきたのは、テレーズ王女の前では借りてきた猫のように大人しかったバッシュだ。

 テレーズ王女が何でバッシュを推薦したのか、理解に苦しむところではある。

「どういう関係かって聞かれても、同級生で・・・お世話係?かなぁ。」

「ふぅん。でもロゼライト君ってカーネリアン王の信頼が異常に厚いよね。一国の王女をひとりの学生にまかせるって、なかなか無いと思うんだけど。」

 確かにそれは薄々感じていた。

 まるで僕と王族とを、強引に結びつけようとしているかのようなカーネリアン王の行動や言動。

 田舎から出てきたため、王都の作法が分からないだけだろうと思うようにしていたが、やはり僕達の関係は他の人間から見ても異常なようだ。

「そうですか?同級生なんだから、ある程度は仲良くなるのが普通なんじゃないですか?」

 何か理由があるとしても今は何も分からないので、僕は何も気づいていないことにした。

「まあいいや。話は変わるけど、ロゼライト君は土の加護も授かってるんだろ?後でちょっと力比べをしないか?」

 バッシュが手綱から右手を離して、力こぶを作って見せた。

 上腕に姿を表した不自然なほど隆起した筋肉が、土の加護とかは関係なく、バッシュが単にトレーニング好きであるのを物語っていた。

 そして筋肉を見せるたびに、満面の笑顔でいちいちこちらを見るのはやめてもらいたい・・・気持ち悪いから。

「少しスピードを上げるぞ。ふたりとも遊んでないで、ちゃんとついてこいよ。」

 見るに見かねたソフィアが軽く馬の腹を蹴り、歩みの速度を少し上げた。

 ちょっと待て!「ふたりとも」って、バッシュは遊んでたかもしれないけど、僕はまじめに馬を歩かせていたぞ。

「いやぁ、ロゼライト君、怒られちゃったね。こりゃ参ったな、はっはっはっは。」

 右手を頭の後ろに回し、頭を掻きながら楽しそうに笑うバッシュ。

 いったい誰のせいで怒られたと思っているんだ?!

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