第60話 フローレンスの苦悩(4)

 学園側には、賢者や魔人といった希少な存在のためだけにクラスを作るという余裕はない。

 その為、僕とフローは導師のクラスに混ざるという形で、学科講習を受けている。

 導師クラスは気の良い生徒が揃っているものの、やはり多少の疎外感は感じていた。それはフローも同様であるようで、僕以外の生徒とは積極的にコミュニケーションを取らずにいる。

 また、導師クラスの生徒達も王族であるフローにどう接していいか掴みかねているように思えた。

「ロゼライトさん、おはようございます。」

 何故だかフローは誰に対しても敬語で話す。

 第3王女なのだから、もっと大きな態度でもいいと思うのだが、カーネリアン王の方針とかで、無闇に自分の立場を主張しようとはしない。

「おはよう、フロー。」

 講堂の一番前の左端に位置するふたり席が、僕達の定位置だ。

 僕は肩にかけてあった鞄を机の上に置き、1時限目の『魔術基礎理論』のテキストを机に出した。

 魔術基礎理論は、体内で蓄積された魔力を加護精霊の力に変換する過程を学ぶ学問だ。

 理論を知ってから実践を行うことで、より効率的に魔法を行使することができるようになるらしい。

 ・・・正直、眠くてしょうがない講義だ。

「ロゼライトさん、昨日は訓練お疲れさまでした。」

 フローの言う訓練とは、王城の魔法研究所でやった模擬戦の事だろう。

「テレーズお姉様や、シャルロットお姉様の相手ができるなんて、すごいですね。」

 ふと、僕はフローの様子に違和感を感じた。

 いつもであれば、とても楽しそうに話をするフローであるが、今日はどことなく元気がない。

「相手をしたっていうより、一方的にやられたっていう方が正しいような気もするけどね。」

「そんな事ないですよ。だって私なんか・・・。」

 フローが何か言ったようだが、後半は声が小さくてよく聞き取れなかった。

「フロー、ごめん。よく聞こえなかったから、もう一度言ってくれる?」

「いや、いいんです。大した事じゃないので。」

 両手の掌をこちらに見せて勢いよく振るフローの姿から、さっきの話が決して「何でもない」とは思えなかったが、これ以上詮索しても話してくれるとは思えなかったので僕は口をつぐむ事にした。

「そういえば、ロゼライトさん・・・。」

「ロゼライト!魔術武道大会準優勝おめでとう!」

 フローの言葉を遮って後ろから話しかけてきたのはトマス、数少ない僕の友達の一人だ。

 トマスの性格上、わざとフローの言葉を遮るようなことをするとは思えない。きっとフローが話しかけているのに気が付かなかったのだろう。

「俺は救護スタッフだったから試合をゆっくり見ることはできなかったけど、なかなか凄い試合だったみたいだな。」

 トマスは興奮した面持ちで話し始めた。

 さっきからフローがなにか言いたがっているのが気になるが、トマスのマシンガントークはなかなか終わってくれそうもない。

「はい、みんな席について。」

 そうこうしているうちに講堂のドアが開き、先生が入ってきてしまった。

 ガヤガヤとざわめいていた教室内が、徐々に静かになり、ついには誰も話をしなくなる。

 こうなってしまっては、さっきは何を言いたかったのかなどとフローに聞ける雰囲気ではない。

 まあ、講義が終わってから確認すればいいか。


「先日も説明持したが、魔法を発動するときは、右もしくは左手の掌に魔力を集中させます。」

 魔術基礎理論の講義は、主に魔法の発動方法について学ぶ。

「日常生活でに使い慣れている『手』という場所が、魔法を発動する上でイメージしやすいからです。」

 魔法の威力は体内魔力を操作し魔法の発動場所、つまり掌にどれくらい多く集められるかによって決定する。

「常日頃から、体内の魔力を掌に収束できるように訓練しておくことが大切なのです。」

 人より少ない魔力で魔法を発動させるために、魔力の収束を日常的に行っていた僕は、人よりも魔力操作が多少は上手い・・・らしい。。

「なかなか難しいですが、右手と左手の両方に魔力を収束できるように練習しておきましょう。」

 世間一般的には、同時に2つの魔法を発動することはできない事になっているため、ここでいう右手と左手とは「どちらの手でも」ということだろう。

「ロゼライトさんは、両手で同時に魔法を発動できますね。」

 フローが顔を近づけてきた。

「フローだってイフリートの試練のときに、風と土の魔法を同時に発動させたじゃないか。」

「でも、できたのはあの時の1回だけです。」

 フローの表情が曇った。

 イフリートの加護を受けて、サラマンダーの力を完璧に制御できるようになったとは言え、水・土・風の3つの精霊に魔力を分散されてしまうフローは未だに上手く魔法が使えないでいた。

「イフリートが言っていた『力を制する』という言葉の意味が分かれば少しは強くなれるんでしょうけど・・・。」

 フローの言う『制する』とは、きっと同時に発動する魔法の力を同等にするという事だろう。

 しかし、それが魔法の合成の条件であるなら、僕が適当に発動している土と闇の魔法で大地の剣が生成される理由が分からない。

「それでは、今日の講義はこれまで。各自復習しておくように。」

 チャイムと同時に教科書を閉じ、講義の終了を告げる先生。

 しまった。後半は考え事ばかりしていて、講義の内容が全然わからないぞ。

「ロゼライトさん。」

 講義終了と同時にフローが椅子から立ち上がった。

「私、ちょっと調子が悪いので、あとの授業は欠席しますね。スレート先生に宜しくお伝え下さい。」

「え?・・・分かった。」

 フローが授業を欠席とは、珍しいこともあるものだ。

「ゆっくり休んで、体調を整えてね。」

 僕の言葉に、少しだけ曇った表情を浮かべ寂しそうに笑うフロー。

 体調が悪いようには見えなかったが、いったいどうしたというのだろうとか。

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