第59話 フローレンスの苦悩(3)

 闇の魔法により剣を作成。

 頭の中で剣のイメージを持たず、体内を流れる土の精霊の魔力に委ねる。

 闇の剣に土の魔力が融合していくのがはっきりと感じられた。

 しばらくすると、突然右手にとてつもない重さを感じ、僕は剣を持つ手に急いで力を込めた。

 土の魔力で強化された筋力をもってしても片手では支持しきれず、切先が石床に落ち、甲高い音を研究所内に響かせる。

 身の丈を越す程、大きく、分厚い剣身。

 機能重視で飾り気のない鍔と、長い柄。

 これが土の精霊の力を宿した剣。名前を付けるとしたら、さしずめ『大地の剣』といったところか。

 僕は大地の剣を両手に持ち、担ぐようにして肩に乗せた。大地の剣は重量がありすぎて、普通の剣のように中段に構えることができないからだ。

「今度は僕からいきますよ。」

 精神を集中させると筋力が強化され、剣が軽くなるのがはっきりと分かる。

 テレーズ王女がハルバードを構えた。

 僕は右足を大きく後に引き、親指の付け根に体重が乗るのを感じてから、大きく踏み出して右上から袈裟に大地の剣を振った。

 テレーズ王女は、柄で受け止める素振りを見せたが、剣と合わさる瞬間にハルバードの角度を変え、大地の剣を巻き込むようにして受け流した。

 轟音を立てて石床に叩きつけられる大地の剣。衝撃で手が痺れる。

 さすがに力を逃しきれなかったのか、テレーズ王女はバランスを崩しながらも後方に跳び、間合いを取った。

「受け流すことも難しいとは・・・。」

 テレーズ王女が楽しそうに笑う。

「テレーズ姉さん、次は私の番ですよ。」

 前に出てきたのはシャルロット王女だ。

 いつものように眠そうにしていれば良いのに、面白い玩具を見つけた子供のように目をキラキラと輝かせている。

 テレーズ王女は少し不満そうな表情を見せたが「こうなったシャルロット王女には何を言っても無駄だ」とでも言わんばかりに、肩を竦めるとシャルロット王女の意見に従った。

「私はこれで相手をするね〜。」

 シャルロット王女が手に持っているのは、子供の稽古用の布巻きの木剣だった。

 怪我をさせない配慮と考えているのだろうが、僕にとってはこの上ない屈辱だ。

 こうなったら見返してやらないと気がすまない。

 僕は開始の合図と同時に力を開放し、一直線に間合いを詰めた。土の精霊によって強化された筋力のおかげで、目にも止まらない速さで動けるのだ。

 まずはその木剣を打ち落としてやる。

 僕はシャルロット王女の持っている木剣に向かって、遠心力を使い横に大地の剣を振った。縦斬りと違って、避けることが困難だと思ったからだ。

「すご〜い、速いね〜。」

 直後、耳元から聞こえるシャルロット王女の声。

 信じられない事に、目の前にいたはずのシャルロット王女が一瞬にして姿を消し、僕の後、息がかかるほど近くに回り込んだのだ。

「早く捕まえてごらん。」

 僕をからかうような口調でそう言ったシャルロット王女は、ついでに僕の耳元に息を吹きかけた。

「こんな時に、ふざけないで下さい!」

 全身に立つ鳥肌に耐えながら、僕は後方に剣を振った。

「そこじゃないよ〜。」

 既に10メートル以上外の間合いをとったシャルロット王女が、からかう様な口調で僕に手を振る。

「くそっ!」

 腰と肩、そして腕の筋力を使い、大地の剣を担ぎ上げた僕は、再度シャルロット王女に向かって石床を蹴った。

 もっと速く!もっと強く!

 石床を蹴るたびに加速していく体。僕には先程の攻撃より鋭い一撃を放てる確信があった。

 上段から真っ直ぐに切り下ろす一撃。

 しかし、シャルロット王女に剣撃が当たる寸前に、文字通りシャルロット王女の姿は消え、僕の渾身の一撃は虚しく石床を叩いた。

「まだまだだなぁ。」

 僕の右斜め後ろから聞こえるシャルロット王女の声。そして同時に打ち込まれる布巻きの木剣の一撃。

 次の瞬間、僕は自分で振り下ろした剣の勢いに耐えきれず、無様にバランスを崩して壁際まで転がってしまった。

「きゃっ!」

 僕が転がった先、王城から続いている小さな階段の影で小さな悲鳴を上げたのはフローだった。

 いつからそこにいたのかは分からないが、雰囲気から察すると随分と前から中の様子を伺っていたようだ。

「フロー、どうしたの?中に入ればいいのに。」

 僕がそう声をかけたが、フローは何やら煮えきらない態度を取っている。

「私と皆様では、力に差がありすぎますので。」

 そう言うと、フローは階段を駆け上がってしまった。

 いったい何が言いたかったのだろうか。

 僕はフローの行動に疑問を抱きつつも、研究所の中央に移動して、剣を構えた。

 こうなったら、シャルロット王女を捕まえるまで、何度だって挑んでやる!

「お前ら、何をやっているんじゃ!」

 しかし、そう思った矢先、フローの上っていった階段とは反対側の入り口に二人の騎士を従えたカーネリアン王が姿を表した。

「何やら大きな音がすると騎士隊から報告を受けて来てみれば、王女ふたりと世話係が真剣で稽古とは、なんと非常識な!」

 いつも優しいカーネリアン王とは違う迫力のある姿に、王女たちも珍しく畏まっている。

「そして、スレート。焚き付けたのは、どうせお前であろう。」

 ため息混じりでスレート先生を問いただすカーネリアン王。

「研究熱心なのは良い事だが、すこしは自重してくれ。」

 カーネリアン王の言葉に、恭しく頭を下げるスレート先生。

 でも僕は知っている。この人は全く反省などしないということを・・・。

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