第58話 フローレンスの苦悩(2)
王宮の中庭には季節の花々が咲き誇り、中央に位置する薔薇園ではお茶会が楽しめるようなテーブルセットが置かれている。
待ち合わせの相手がフローであれば、きっと色とりどりな洋菓子を準備し、紅茶を淹れて待っている事であろう。
しかし、今日の待ち合わせの相手はテレーズ王女だ。
事前に言われている通り、本当に「魔法を試したい」だけなのであろう。紅茶が出てくるような甘い期待は捨てた方が良い。
「待っていたぞ、ロゼライト。」
黒色の騎士団の制服に身を包んだテレーズ王女が、薔薇園の中央の椅子に座って僕を待っていた。
騎士団の制服は、動きやすい服ということで選択したのであろうが、背景の薔薇と相まって男装の麗人が座っているようにしか見えない。
もしもフローがドレス姿でテレーズ王女に寄り添っていたなら、完全にただならぬ関係に見え、それはそれは眼福・・・。
いや、考えるのはやめよう。いけない趣味に目覚めてしまいそうだ。
「お待たせしました。テレーズ王女。」
僕は恭しく一礼をした。
「そう畏まらなくてもいい。」
テレーズ王女が立ち上がり、中庭の奥へと僕を促した。
薔薇のアーチの先ある庭園の出入り口の更に先、石造りの壁に取り付けられた分厚い鉄の扉。そこが今日の目的地らしい。
「ここは王家専用の魔法研究所だ。」
扉を潜り、長い階段を下りた先にはドーム状の大きな空間があった。
壁のあちこちにはめ込まれているのは土の魔石であろう。この空間を覆うようにして、強力な結界が張られているのが分かる。
「やっほー、待ってたよ。ロゼライト君。」
魔法研究所で僕を待っていたのは、柔らかそうな金髪を後ろで纏めたシャルロット王女だった。
シャルロット王女もテレーズ王女と同様に、騎士団の制服に身を包んでいるが、シャルロット王女が着ているのは白を基調とした聖騎士団の制服だ。
「私もいますので、お忘れなく。」
壁際に設置された椅子に腰掛けているのは、学園の講師でもあるスレート先生だった。
「早速だがロゼライト。お前がどうして、こうも簡単に王家の秘術を使えたのか、私なりに考えてみた。」
スレート先生が椅子からゆっくりと立ち上がった。
「王家の秘術は、体の末端ではなく細胞ひとつひとつに魔力を分散させるという綿密なイメージを持たなければ発動することのできない、いうなれば自身の精霊化とも言える技術。」
興奮が隠せないでいるのか。僕の周りを歩いて回るスレート先生の声が、段々と大きくなってきた。
「本来であれば、有能な指導者のもとでしっかりとした教育を受けないと使用できない・・・いや、そのようなイメージを持つという考えに至ること自体が極めて稀なはず。」
確かにトゥラデルに言われなかったら、魔法は手から出すという固定観念に囚われていた。
「では、何故ロゼライトが急に王家の秘術を使えるように・・・。」
「スレート先生、前置き長いです〜。」
長々としたスレート先生の演説に飽きたのか、言葉を遮ってきたのはシャルロット王女だ。
「いや、これから良いところ・・・。」
「シャルロットの言う通りだ。今日の目的は、土の秘術がどれほどのものか確かめるためだからな。」
なるほど、僕が突然呼び出されたのはそういう理由だったか。
「ではロゼライト、土の秘術を発動させるんだ。」
そう言って、嬉々とした表情を見せるテレーズ王女の手には、既にハルバードが握られている。
戦い好きな王女様の相手も楽じゃない。
僕は目を閉じて、炎の精霊の力を抑えることから始めた。こうすることによって土と闇の精霊に分配する魔力量が増えるからだ。
次に土の魔力だけを感じ取り、細胞ひとつひとつ、体の隅々まで魔力を循環させるイメージを持つ。
少しずつ体全体に力がみなぎってくるのが分かる。
「発動までの時間がかかりすぎてるな。」
「ロゼライト君、これじゃ秘術を使う前にやられちゃうよ。」
王女達の容赦ない言葉が胸に刺さる。
た、確かに・・・僕だったら相手が術を使う前に剣で切斬ってるな。
「ロゼライト君、今後の課題1個目ね。」
そうこう言っている間に、体に土の魔力が行き渡る。
「土の精霊の特徴は、剛力と硬質化。つまり、筋力アップと耐久力アップだ。まずは耐久力から見せてもらおう。」
そう言ったテレーズ王女は一瞬にして間合いを詰め、僕の右の肩口に向かってハルバードを振った。
ちょっと待って!僕は丸腰・・・。
僕は何とか両手でハルバードの柄の部分をブロックするが、勢いは殺しきれず数メートルほど吹っ飛んだ。
さすがのテレーズ王女も、斧の部分で斬りつけるのは気が引けたのだろう。もしもこれが実戦であったのならと考えると背筋が凍りつく思いだ。
「凄いな、無傷か。」
テレーズ王女が感嘆の声を上げた。
確かにハルバードをブロックした両手に痛みはあるが、怪我をしたという事はなさそうだ。
「じゃあ、次は私ね。」
シャルロット王女が壁際から声をかけてきた。
「いっくよ〜。」
シャルロット王女が僕を指さした。
「ちょっとまって!それはマズいって!」
「穿て!」
小さな光がシャルロット王女の指先で煌めいた直後、僕の胸に刺すような痛みが走った。
「シャルロット王女、もう少し強くしてみましょう。」
無責任な発言をするのはスレート先生だ。
「ロゼライト君、なるべく死なないでよ〜。」
不吉な事を言うシャルロット王女。
「というか「なるべく」って何なの?!」
僕の抗議の声などこの3人には届くはずもなく、僕はすぐに次の覚悟を決めなければならなかった。シャルロット王女が右手の指先に意識を集中したのが分かったからだ。
「穿て!」
先程とは比べ物にならないほどに強い衝撃が僕の胸を襲い、僕の体を後方へと吹き飛ばした。
「凄〜い。これでも無傷だ。」
「さすが精霊の中でもずば抜けた耐久力を持つ、土の精霊の加護だ。」
「確かに。これ程とは思いませんでしたね。」
僕のことなどそっちのけで、魔力の分析を行う3人。
確かに怪我はしてないみたいだけど、人体実験はもっと色々検証してからやってもらいたかった・・・。
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