フローレスの苦悩

第57話 フローレンスの苦悩(1)

 学園がお休みの日は外に遊びに行く学生も多く、お昼どきの学生寮の食堂は空席が目立つ。

「昼飯は・・・照り焼きハンバーグか。」

 起き抜けにはかなりキツいメニューではあるが、今から外に食べに行く気にもなれないので、そのまま注文することにした。

「ふわぁぁ。」

 僕は口も押さえずに大きなあくびをした。

 昨日は魔力を使いすぎたのか、帰ってきてすぐに寝てしまった。そして起きたのは先程、つまり昼過ぎだ。

 16時間ぐらい寝ていたことになるな。

「ロゼライト、昨日の試合見たぞ。」

 え〜と、彼は誰だったかな?

 注文を済ませて椅子に座った僕に、男子生徒が話しかけてきた。

「もうちょっとで優勝だったのに、惜しかったわね。」

 今度は知らない女子生徒だ。

 その後も僕の姿を見つけた生徒たちが何人も集まってきて、テーブルを囲んだ。

「いつの間にそんなに強い魔力を手に入れたんだ?」

「すごい魔法だったけど、俺にもできるものなのか?」

 次から次へと声をかけてくる同級生たち。

 生まれてから一度も話の中心になることなんてなかった僕は、僕は初めての経験に戸惑いを隠せないでいた。

「はいはーい。みんな、ロゼライトは早く昼飯が食べたいって言ってるぞ。」

 軽い口調で現れたのは、風の術士であるルディだった。

 ルディが僕と同じテーブルにつくと、同級生たちは渋々と離れていく。

「ロゼライト、おはよう。随分とゆっくり寝ていたね。」

 昼食のパンを千切って、ルディが口へと放り込んだ。

「疲れてたみたいでね。それより助かったよ、ありがとう。」

「さっきのは術士クラスの同級生達だね。」

 なるほど。道理で知らない奴ばかりだと思った。

「術士は変にプライドが高い人達が多くて、排他的なところがあるんだけど、今の感じからすると、ロゼライトは実力が皆に認められたって事かな。」

 確かに導師達に比べて、術士に話しかけられる頻度は極端に少ないように思える。

「ロゼライト、今日は何か予定ある?」

「今日は午後から王城に呼び出されているよ。テレーズ王女が何か話があるらしい。」

「休みの日まで大変だね。」

 ルディはそう言うが、王女達と一緒にいるのは楽しいし、新たな発見も多いため、僕はそれほど苦痛には感じていない。

「じゃあルディ、僕はそろそろ行くよ。」

 僕は食器を片付けると、王城に向かうために寮を出た。約束にはまだ少し早い時間だが、ゆっくり歩いていれば丁度いい時間になるだろう。

 初夏と言うにはまだ早いこの季節の太陽は、街全体を優しく包み込む。

 遊び盛りの子供達は、大人の目などお構いなしに大通りを縦横無尽に走り回っている。

「子供のやる事は、田舎でも都会でも同じなんだな。でも油断してると・・・。」

 予想通り街に響いた大人の怒鳴り声を聞いて「やっぱりどこも変わらないな」と呟き、僕は目を細めた。

「おっ、ロゼライトじゃねぇか。」

 話しかけてきたのは、恰幅のいい肉屋の店主だった。

 ・・・肉屋に知り合いはいなかったはずだが。

「昨日の試合見たぞ!賢者ってのは強くないって聞いてたんだが、そんな事はないんだな。」

 店の中から身振り手振りで興奮気味に話す店主。

 肉を捌いている途中だったのか、口を開くたびに手に持った包丁を振り回すから危なくてしょうがない。

「ロゼライト君、店の中を見てってくれよ。」

 今度は雑貨屋のお兄さんが、僕を手招きしている。

「あー!ロゼライトだ。」

「ホントだー!」

 走り回っていた子供たちが僕の周りに集まってきた。

「ねぇ、ロゼライト。あれやって!高くジャンプするやつ。」

「バカだなぁ。今ジャンプしたら石畳が壊れちゃうだろ?」

「じゃあさ、魔法の剣を出してよ。」

 子供達の勢いに僕は面食らった。

「ごめん、また今度ね。王城に呼ばれてるんだ。」

 僕は子供達にそう伝え、城へと続く道を進んだ。

 その後もたくさんの街の人達に話しかけられ、昨日の試合の感想や称賛をもらった。

 中には何かをくれようとする人までいた程だ。

 魔術武道大会はこの街の一大イベントであるし、今年はテレーズ王女が参戦する為、特に注目されていたという事は知っていたが、試合の結果がここまで影響するものだとは持ってもみなかった。

 石畳でできた階段を登れば王城に着く。

 この階段を初めての登ったのは、フローからカーネリアン王が呼んでいると言われた時だ。あの時は何か失礼なことでもやってしまったのかと肝を冷やしたものだ。

 あれからそれほど時が経っていないのに、僕も随分と王家との付き合いに慣れたものだと、我ながら感心する。

「おぉ、ロゼライト君。テレーズ王女なら中庭で待っていると言っていたぞ。」

 門の前に立つ衛兵のひとりが、僕の姿を見つけると話しかけてきた。

 彼は僕が初めての王城に来たときに会った兵士だ。

 僕の顔を覚えていてくれたようで、それ以来、何かと便宜を図ってくれるようになった。

「ありがとうございます。」

 僕は衛兵に挨拶をしてから、門を潜って王城内に入った。

 基本的に王女達のお世話は学園内に限られるが、今日のように休みの日に呼び出される事も少なくない。

 その為、僕は一介の学生であるにもかかわらず、王城内で歩いていても咎められることはなくなっていた。

「ロゼライトさん、今日はどうしたんですか?」

 中庭へと続く通路の脇に設置された花壇の奥から話しかけてきたのは、第3王女であるフローレンスだ。

 フローは一緒にいた庭師に会釈をすると、僕の方へと走り寄ってきた。

「ロゼライトさん、見てください。大きなユリが咲いたんですよ。」

 フローは両手で抱えるように持った、赤色の切花を僕に見せた。

 花弁からはユリ特有の強く甘い香りが漂ってくる。

「凄いね。ユリは育てるのが難しいって話じゃないか。随分と立派な花が咲いたもんだ。」

「庭師の方に教えてもらいながら育てています。たくさん咲いたから、ロゼライトさんも少し持って帰りますか?」

 下から覗き込むように話すフローの髪が風で揺れ、ユリの香りとは別の匂いが僕の鼻腔をくすぐった。

「ごめん、今からテレーズ王女に会いにいくんだ。さすがに花は持っていけないかな。」

 僕の言葉を聞いて、フローの表現が明らかに暗くなったのが分かる。

「テレーズ王女が試したい魔法があるんだって。そうだ、フローも一緒に行こうよ。」

 フローの様子がおかしい事に気づいた僕は、なんとか元気づけようと思い言葉を発するが、フローの顔は、ますます暗いものとなってしまった。

「いや、やめておきます。私の魔力は弱すぎて、おふたりの邪魔になってしまいますから。」

 俯いていたフローが顔を上げ静かに微笑んだ。

 見ていると胸が痛くなるような、とても・・・とても悲しい微笑みだった。

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