第56話 魔術武道大会(10)

 10メートル以上の高さから落下しているにもかかわらず、僕の心には恐怖というものは無かった。

 心の中にあるのは、新しい力を得た事への喜びと、自分の能力を試したいという探究心だった。

「テレーズ王女、ちゃんと避けて下さいよ!」

 僕は落下の勢いを利用して右手に持った剣をテレーズ王女に向かって、力いっぱい振り下ろした。

「力任せの単純な攻撃だな。」

 半歩下がり、ハルバードを反転させるようにして僕の攻撃を弾くテレーズ王女。

 剣を振る方向に対して、横方向からの力を加えられた僕の攻撃は簡単に捌かれ、勢い余って地面を叩いてしまう。

 甲高い音を立てながら真っ二つに折れ、霧のように消滅する闇の剣。

 続けて左手に持っていた剣をテレーズ王女の足へ振るうが、こちらも難なく躱されてしまう。

 さて、どうしたものか。

 僕は再度、闇の剣を右手に出現させて考えを巡らせた。

 いくら筋力をアップさせたところで、実力に劣る僕がテレーズ王女にダメージを与えるのは難しい。

 さらに全身に魔力を纏う『王家の秘術』は、魔力の消費が激しく、長くはもちそうもない。

「次は私の番だな。ちゃんと避けろよ。」

 テレーズ王女はそう言うと、50本を超える数の闇の剣を出現させ、こちらに切先を向けた。

 剣はまだ増えるのか?!

 どんどん増えていく闇の剣に僕は驚愕を覚えた。テレーズ王女の力の底が全く見えてこない。

「さあ、どこまで避けられるか見せてくれ。」

 テレーズ王女の言葉を皮切りに、僕に襲いかかる闇の剣。その一本、一本すべてに魔法障壁を破壊する威力がある事は明らかだ。

 僕はステージの端を、円を描くように躱していった。気が抜けないことは確かであるが、テレーズ王女の攻撃が直線的である事に気づいていたからだ。

「このまま円を描きながら移動して、間合いを詰められれば・・・。」

 そう考えた直後、左足付近の魔法障壁にダメージが蓄積されるのを感じた。

 何故だ?!そこに剣が飛んでくるはずは無いのに・・・。

 左足の魔法障壁に刺さっていたもの、それは・・・。

「くの字の剣?」

 これは・・・ブーメランか?!

 目を凝らすと、雨のように降り注ぐ剣の間に回転しながら飛翔する小さな物質が目に入った。

 その一つが、僕の頬をかすめ、魔法障壁を削り取る。

 まずい!直剣は目くらましだ!

「大盾よ!」

 何でも良い、大きくて強い盾、出現しろ!

 魔法に必要なのは『イメージ力』。そんな事は分かっているが、明確なイメージを作り出すような時間など僕には無かった。

 瞬時に土が盛り上がり、僕のに覆い被さる。直後に聞こえる無数の剣が縦に刺さる音。

 僕の魔力によって出現したのは、見たことのない盾だった。

 いや、これを盾と呼ぶには大きすぎる。

 あえて表現するのであれば・・・『壁』。

「面白い。闇の魔法に土の魔法を融合させたのか。」

 融合?

 テレーズ王女の言葉で、イフリートの試練でフローが『風』と『土』の魔法で稲妻を作ったのを思い出した。

「そうか。同時にふたつの魔法を使うことができるのであれば、新たな魔法を生み出すことも可能ということか。」

 それならばっ!

 闇の剣に、土の魔力を乗せる。

 魔法のイメージは持たない。いや「土の精霊に任せる」と言うべきか。

 空間に出現した鉱石が僕の右手で形を成していった。

 見たことの無い剣だった。

 身の丈を越す程、大きくて厚い剣身。

 機能重視で飾り気のない鍔と、長い柄。

 素材はきっと闇の魔法と相性が良い『紫影鋼』と土の魔法と相性が良い『地真鋼』の合金だろう。

 そして何より特徴的なのが・・・。

「お、重い。」

 土の魔力で筋力を付与していても感じる、凄まじい重量。『王家の秘術』を使用していなかったら、持ち上げることさえも困難であろう。

「テレーズ王女、お待たせしました。次は僕の番ですね。」

 僕は右足に力を入れると、今度は上ではなくテレーズ王女に向かって地面を蹴った。

 石のステージを陥没させながら踏み切り、人とは思えないスピードで間合いを詰め、僕はテレーズ王女の上段から剣を振った。

「は、速い。」

 かろうじて横に回り込み、僕の剣を躱すテレーズ王女。

 勢い余ってステージに叩きつけられた土の剣が、石のステージを難なく破壊する。

「防御に回るのは不利か。」

 テレーズ王女がハルバードによる連撃を繰り出すが、焦りがあるのかいつものような精彩に欠ける攻撃だ。

 僕がタイミングをみてハルバードを弾くと、テレーズ王女は大きくバランスを崩した。

 これは・・・テレーズ王女に勝てるかもしれない。

 淡い期待が僕の心に隙を作る。

「ロゼライト、なかなか面白かった。」

 テレーズ王女が間合いを取った。

「今度は私の番だな。」

 心にできた僅かな油断が、僕の次の行動を遅らせた。

 その油断をテレーズ王女が見落とすはずもなく、次の瞬間、ステージに出現したのは無数のテレーズ王女。いや、これは分身か?!

 そして、それぞれの王女の周りに姿を表した闇の剣が、ステージの周りに剣でできたドームを創り出した。

 その全ての剣の切先が僕に向かう。

「貫け!」

 テレーズ王女の言葉の直後、全方向から放たれる闇の剣。いくら考えても避ける術が見つからない。

 一斉に襲いかかってくる闇の剣に、僕は抵抗する事もできず、魔法障壁を破壊されてしまった。

「勝者、テレーズ王女!」

 審判の先生がテレーズ王女の勝利を宣言すると、会場内に歓声が沸き起こった。

「ロゼライト、惜しかったな。」

 その場に座り込んだ僕に、テレーズ王女が握手を求めてきた。

 惜しかった?

 違うな。テレーズ王女が手加減をしていただけ。最初から本気を出されていたら、瞬殺されていたことは明白だ。

「ロゼライトもよくやったぞ!」

 会場から僕を労う声も聞こえる。

 今回の試合では、自分の新たな能力に気づく事ができた反面、テレーズ王女との差を痛感させられもした。

「まだまだやる事は山積みだ。」

 僕は自嘲気味に呟いた。

 明日からまた頑張らなければ。

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