第55話 魔術武道大会(9)

 審判の開始の合図と同時に動いたのはテレーズ王女だった。

 左右に広げたテレーズ王女の両手から出現したのは、総数10本の黒銀に輝くロングソード。

「ロゼライト、前からお前と本気で戦ってみたかった。」

 ゆっくりとした動作で僕の方を見るテレーズ王女。

 テレーズ王女の視線に連動するかのように、10本のロングソードの切先が僕の方を向いた。

「テレーズ王女、私の作戦に同意して頂き、ありがとうございます。」

 魔法のイメージを固めているのか、ナナウリス先輩が顔の前で手を組み、目を瞑った。

「おぉーと!ナナウリス選手、大魔法の準備か?!精神を集中している。」

 アナウンス担当の生徒が、興奮気味に声を上げた。

 実際の戦闘中に目を瞑るなんて事をしたら、自分の事を襲ってくださいって言ってるものだけどね。

「ロゼライト、構えろ。さもないとロングソードがおまえを貫くぞ。」

 テレーズ王女が膝を曲げ、戦闘態勢をとった。

 術士であるにも関わらず、テレーズ王女の踏み込みは速い。10メートル程しかないこの距離であれば、一瞬で飛び込んでくるだろう。

 僕は長さの違う剣を2本作り出し、短い剣を左手に、長い剣を右手に持ち膝を曲げ、左右どちらにも素早く動けるように踵を浮かした。

「テレーズ王女、お待たせしました。私の大魔法でロゼライトにとどめを刺しましょう。」

 ナナウリス先輩の目の前には、高さ10メートル程の竜巻が発生し、あたりのものを吸い込みだした。大魔法が得意だと言うだけあって、なかなか厄介なモノを出してくれたものだ。

「ロゼライト。私の竜巻の餌食に・・・。」

「お前、ちょっとうるさいぞ。」

 ナナウリス先輩の言葉を遮ったのは、彼と手を組んでいるかと思っていたテレーズ王女だ。

「テレーズ王女、私と一緒にロゼライトを・・・。」

 動揺するナナウリス先輩。

「私はロゼライトと本気で勝負がしたいだけだ。それ以外には興味が無い。」

 テレーズ王女が指を鳴らすと、黒銀色のロングソードは一斉に向きを変え、ナナウリスに襲いかかる。

「なっ!」

 完全に油断していたナナウリス先輩は、成す術なくテレーズ王女の剣に貫かれた。

 同時に魔法障壁が砕ける音が響き渡る。

「ナナウリス選手、敗退となります。」

 動揺を隠せないナナウリス先輩とは対象的な、アナウンス担当の冷静な声が会場に流れた。

「テレーズ王女、私と戦いたかったのではなかったのですか?!不意打ちとは何と卑怯な!」

 地面に拳を打ち付けるナナウリス先輩。しかしテレーズ王女は「そんな事は興味が無い」とでも言うかのように、僕の方に向き直り、10本の黒銀の剣を出現させた。

「構えろ、ロゼライト。」

 ことの成り行きを驚いて見ていた僕は、テレーズ王女の言葉で我に返り、2本の剣を構えて腰を落とした。

「剣よ、襲いかかれ。」

 テレーズ王女が飛ばした剣が、風切り音を上げながら襲いかかってきた。

 僕は何とかバックステップをして剣を躱したが、躱した先にすかさず別の剣が飛んでくる。

「まずいな。やっぱり時間差で攻撃してくるのか。」

 テレーズ王女の攻撃を何とか剣で打ち落とし、僕は円を描くようにステージを移動して間合いを詰めるタイミングを伺うが、テレーズ王女はなかなか隙をみせてはくれない。

 しかし、僕はテレーズ王女の攻撃に癖がある事も見つけていた。

 テレーズ王女の作り出す『剣』は全て直剣であるため、攻撃が直線的になってしまっているのだ。

 事実、少し緩急をつけるだけで、テレーズ王女は弧を描く僕に剣を当てることができずにいる。

 そう分析した僕は進行方向を急に変え、ジグザグに動きながらテレーズ王女へ突進した。

 テレーズ王女に一瞬の戸惑いが生じた。

 僕はその隙を逃さず、両手に持った剣を振り上げ、テレーズ王女に斬りかかる。

「これで、終わりだ!」

 勝利を確信した直後、両手に伝わる硬いものを打った感触。

「やはり魔法だけでは倒せないか。」

 いつの間にかハルバードを両手に持ったテレーズ王女が、僕の攻撃を防ぎならそう言った。

 テレーズ王女が少し嬉しそうに見えるのは、気のせいだろうか。

 まずいな。剣術だけでは太刀打ちができない。

 僕は一度ハルバードの間合いの外に離れながら、テレーズ王女の様子を伺う。

「ロゼライト、勿体ぶらずに『王家の秘術』を出したらどうだ?」

「王家の秘術ですって?」

 テレーズ王女の行動に注意しながら、僕は疑問を口にした。『王家の秘術』などという奥の手があるなら、格上相手に出し惜しみなどするはずがない。

「何だ、気付いてないのか。先程見せた筋力と耐久力の全身強化、あれは土魔法の『王家の秘術』だ。」

 なんだって?!

「全身の細胞ひとつひとつに力を付与する明確なイメージが必要だから、魔力操作のセンスが問われる技術なんだが、ロゼライトには適性があったようだな。」

 テレーズ王女がそれほど驚いた様子もなく、僕にそう告げる。

 小さい頃から、どうすれば小さい魔力を有効に使えるかを試し続けたから、いつの間にか魔力操作が上手くなっていたということだろうか。

「テレーズ王女、助言ありがとうございます。でも余裕を見せていると、後悔することになると思いますよ。」

 僕はアシュタフの試合の時と同様に、細胞ひとつひとつに土の魔力を巡らせるようにイメージした。

 全ての筋繊維に力がみなぎり、体の表面や骨格の強度が増していくのが感じられる。

 イフリートの試練の時に言っていたトゥラデルの言葉を信じるのであれば「自分の細胞全てに、精霊の加護を授ける明確なイメージを持つことができれば、己の全身は精霊と同等の能力を得ることができる」ということになる。

 つまり、土の精霊の『力』と『強度』を僕は手に入れたということだ。

 両足に力を入れ、僕はステージを蹴った。

 石のステージをめくれ上がらせながらジャンプした僕は、一瞬にして10メートル以上の高さまで到達していた。

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