第54話 魔術武道大会(8)
歓声冷めやらぬ会場を後にした僕は、石造りの選手控室に入り、一息ついた。
分厚い石レンガでできた控室は防音効果も高く、廊下ではあれほど気になっていた歓声も、どこか遠くの音のように錯覚させられるほどだ。
「さっきの試合、ホントすごかったよ。」
一緒に選手控室に帰ってきたルディが、興奮気味に話しかけてきた。
学園側の配慮で控室はいくつかあり、現在他の選手の姿はこの控室にはないので、ルディのいつもより大きな声も迷惑にならないだろう。
「筋力と耐久力の付与なんて、土の魔法の基本だろ?」
僕は控室に準備されていたグレープフルーツ味のスポーツドリンクを紙コップに注ぎながら「何でもないことだろ?」と言って、ルディの方に振り返った。
バカみたいに、口を開けっ放しで固まっているルディ。
「何言ってるんだよ、ロゼライト。」
立ち上がったルディが僕の肩を揺する。
「魔法っていうのはさ、一度に1種類しか発動できないんだよ。」
ル、ルディ・・・頼むからそんなに揺すらないでくれ。気持ち悪くなっちゃうよ。
「土の魔法で筋力強化した状態で物を叩いたりしたら、強化した力に負けて、自分の骨が砕けちゃうだろ?」
「だから、予め耐久力の強化をしとくんだろ?」
僕の言葉を聞き、険しい顔で眉間を押さえるルディ。
「君は馬鹿なの?一度に発動できる魔法は、1種類って言ったよね?」
そうは言うけど、僕は子供の頃から2種類の魔法を同時に使えるし・・・。
「もういいや、堂々巡りになりそう。それでどういうイメージを持てば、ああいう魔法に発展するの?」
ルディの質問は止まらない。
「何ていうか、自分の細胞ひとつひとつに土の精霊の力の流れを意識する・・・みたいな?」
僕の説明を聞き、ルディが溜息を漏らした。
「いいかい、ロゼライト。魔力を集中できるのは体の末端、つまり手足の先だけ。しかも1ヶ所にしか集められないから、右手に集めたら他の部分の魔力は小さくなる。分かってる?」
ルディの言葉は、学園の教科書にも載っている常識だ。
魔法は万能ではない。体のどこかに魔力を集めたら、別の部分の魔力は小さくなる。
そして、人間の脳が1つである以上、同時に2つの魔法は行使できないとされている。
でも僕は小さい頃から2つの魔法を同時に使用できたし、フローだってイフリートの試練の時に風と土の魔法を同時に発動していた。
「ロゼライト君、そろそろ決勝が始まるから準備して。」
控室のドアが開き、ドアの隙間から顔を出した先生がそう告げた。
「ルディ、行ってくるよ。」
決勝の相手は上級生ふたり、決して楽な戦いにはならないだろう。今まで以上に気を引き締めていかないと、大怪我に繋がりかねない。
先生に連れられて試合場への通路を歩く。
耳に届く歓声が大きくなるにつれて、自分の鼓動も大きくなるのを感じた。
「さあ、選手たちの入場です。」
場内アナウンス担当の生徒の興奮した声が、拡声器から発せられる。
「1年生の選手は、賢者ロゼライト!」
会場からは大きな声援が飛び交った。
「ロゼライト!負けんじゃねぇぞ!」
ひときわ大きい下品な声はトゥラデルだな。
「ロゼライトさん、頑張って!」
フローの声も聞こえる。
客席最上段の特別席には、淡い水色のドレス姿で立ち上がり手を振るのフロー、赤いドレス姿で優雅に座るシャルロット王女、そして中央にはカーネリアン王とスピネル王妃の姿があった。
「ロゼライト君は、魔力の弱い賢者という逆境を乗り越えての出場です。」
僕は軽く頭を下げてからステージの上に上がった。
「2年生の選手は、術士テレーズ王女。」
きっと歓声が降り注ぐというのは、こういう事を言うのだろう。僕の時の歓声とは、比べ物にならないぐらい大きな歓声が上がった。
「テレーズ王女の説明はもう不要でしょう!伝説の闇の魔法を扱う上に、武術にも秀でた最強の術士です。」
テレーズ王女が軽く手を上げてステージに登る。
「3年生の選手は、術士ナナウリス。」
最上級生の選手だ。間違いなく実力者をだろう。
1回戦の戦いを見ることができなかったのが残念だが、ここまで来たら腹をくくるしかないな。
「最上級生であるナナウリス君は、大きな魔力で扱う大魔法が得意な術士です。この試合でも派手な魔法を見せてくれる事でしょう。」
無言でステージに上がるナナウリス先輩。
風の魔法の使い手なのか、肩にかかるぐらいまで伸ばした深緑色の髪が怪しく輝いている。
「それでは選手はステージ中央に集まって。」
魔法障壁の付与が完了したことを確認した審判の先生が出場者を中央に集め、試合のルールと反則のペナルティについて説明した。
「テレーズ王女。」
声を発したのはナナウリス先輩。
「私と魔法勝負をしたくはありませんか?」
ナナウリス先輩がいやらしく口角を上げた。
「雑魚の賢者など早々に退場して頂いて、私とサシで決勝戦を楽しみましょう。」
何だこいつは!僕の前で堂々と僕を倒す相談をするなんて・・・。
「私語は慎むように!」
審判の先生の注意が入ったから話は途中で終わったが、テレーズ王女はいったいどう思ったのであろう。
これは開始と同時に上級生ふたりから集中攻撃を浴びるという、最悪の状況に陥る可能性もありそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます