第53話 魔術武道大会(7)
僕の周囲を回る4本の剣を見て、会場内は騒然となった。
テレーズ王女しか使えないはずの闇の魔法を、突然使いだした学生がいるのだから当然だ。
「飛べ、剣よ!」
僕は出現した剣のうちの2本の剣に意識を集中し、アシュタフに向かって飛ぶようにイメージした。
直後、唸りを上げながらアシュタフに襲いかかる2本の剣。
「くそっ!」
アシュタフは手に持っていた杖で、僕の放った剣を何とか打ち落とした。
僕の魔力の干渉する範囲外に出た魔法の剣は、アシュタフの足元に転がった直後、最初から何もなかったかのように霧散した。
「これが、闇の魔法・・・か?」
驚愕の表情を見せるアシュタフ。
物質そのものを『創造』する魔法。
慣れ親しんだ物質が襲いかかってくる闇の魔法は、攻撃されている本人にとって、他のどの魔法よりも恐怖を覚える事だろう。
「炎よ!熱く、より熱く変化せよ!」
アシュタフの周りに2つの火球が出現した。
初めは赤かった火球は黄色に変化し、次に白、遂には青色にその色を変えていった。
熱風が吹き荒れる。
「あれは、1回戦で使った魔法だぞ!」
「また怪我人が出るんじゃないか?!」
観客席から悲痛な叫び声が上がった。
これが、ルディに重症を追わせた魔法。
さながら高出力魔法の連続攻撃、といったところか。
「盾よ!」
僕は頭の中で魔法のイメージを膨らませた。
盾の大きさはあまり大きくなく、だいたい50センチぐらいの菱形。
僕の魔力の干渉可能な範囲ギリギリに位置し、飛翔物から僕を自動的に守るようにイメージ。
僕の両手付近の空間に魔力が集まり、菱形の盾がふたつ姿を現した。
「今度は盾かよ。」
魔力の盾が出現したのを見て、アシュタフが「卑怯だ」とでも言わんばかりに僕を凝視する。
これで僕の周りに浮遊する物質は、2つの剣と、2つの盾となり、攻守にバランスがとれた事になる。
「その盾ごと吹き飛ばしてやる!」
アシュタフが操作した火球が、放物線を描き僕に迫る。
すぐさま盾が反応し火球の軌道上に移動、迫りくる火球の威力を殺す・・・ことなく、盾は吹き飛びその姿を消した。
「うゎ!危なっ。」
僕は盾を吹き飛ばした火球が体に当たる寸前で体を捻り、何とか直撃を免れる。
火球がステージにぶつかった直後に広がった熱風で、少し魔法障壁が損傷したようだ。しかし、まだ試合を継続するのに支障はない。
「ぶわっはっは!何だその情けない盾は。使い物にならないじゃないか!賢者ってのは、何をやっても中途半端だな。」
アシュタフの不快な笑い声が、会場に響き渡る。
相変わらず、癪に障るやつだ!
でも分かったこともある。
さっき大盾を自分で持っていたときは、アシュタフの魔法を防ぐことができた。
しかし空中では弾かれてしまう。
つまり盾を空中で使用するためには何らかの方法で、盾を空間に固定しなければならないということになる。
「次は外さねえ。」
アシュタフの周りには、先程と同じ火球が既にが3つ出現している。
考えているヒマは貰えないということだな。
次は土の魔法だ。
今までの僕の魔力では、小石程度の重力操作しかできなかったが、火の精霊に分配される魔力を抑えることができるようになった今、導師と同様の力を発揮できるはず。
イメージする重力の方向は・・・アシュタフの顔面。
「火球よ、奴に襲いかかれ!」
アシュタフの周囲に浮かんでいた3つの火球が、一斉に僕に襲いかかった。
まだまだだな、アシュタフ。こういう時は、魔法の発動を少しづつずらした方が避けづらいんだよ。
地面を蹴ると同時に重力操作発動。
軽い浮遊感を覚えた僕は、アシュタフの方向に『落下』した。
後方で弾け飛ぶ火球の熱を感じながら、一瞬で間合いを詰めた僕は重力エネルギーを利用して、アシュタフの顔面に右の拳を叩き込む。
魔法障壁に拳がぶつかった。
これ程の衝撃であれば、頬骨が砕けても不思議ではないが、ダメージ自体は魔法障壁が吸収するため、アシュタフは痛みを感じてはいないだろう。
事実、ステージ端までふっ飛ばされたアシュタフは、何事もなかったかのように立ち上がった!
「小僧、お前はバカか!そういうときは剣で斬るんだよ!」
客席から聞こえるバカでかい声は、トゥラデルのものだろう。魔法に集中してたから、剣を持ってるって事を忘れていた。
「もうちょっと試したいこともあるし、まだ素手でいいかな。」
土の精霊の精霊核の力は『付与』、これは様々な能力を与える事ができる力だ。
自分の細胞ひとつずつに、土の精霊の「力強さ」と「耐久力」を付与するように明確にイメージ。
賢者という特性のため、今までは貧弱な魔力の流れを何とかして感じ、操作していた。それに比べ、全身に流れる大きな魔力を感じ、操作するの事の何と容易なことなのだろうか。
全身にみなぎる魔力が、筋繊維一本一本に力を与えてくれているのが分かる。
今なら明確に感じることができる。
僕は土の精霊と共にいる・・・と。
「すぐに終わってしまったらつまらないからな。アシュタフ、避けろよ。」
僕は両足を踏ん張ると、全身のバネを使い力いっぱいジャンプした。踏みきった衝撃で、石でできたステージがめくれ上がる。
「何だ、あのジャンプ力は?!」
一瞬で10メートル以上の高さまで到達した僕は、放物線を描きながらアシュタフの顔面めがけて拳を繰り出す。
「ひぃ!」
情けない声を上げてよろけるアシュタフ。
僕はわざと攻撃を外し、威力そのままにステージを叩いた。
大きな音を轟かせながら、直径1メートルの円状にひび割れ、陥没するステージ。
観客席からどよめきと歓声が沸き起こった。
「少し練習すれば、さらに威力を上げられそうだな。」
尻もちをついたアシュタフは既に戦意を喪失し、化け物でも見るかのように目を見開いている。
まだ色々と試したいところではあるが、これではいつ審判が試合を止めるか分からない。ルディの仇を取るのを優先しよう。
僕は右足を下げ、腰を落とし、右拳を腰の高さで構えた。
充分な威力を出すために両足を踏ん張り、両足の親指の付け根に体重を乗せる。
ここから一直線に間合いを詰めれば、中段突きが尻もちをついているアシュタフの顔面に入るだろう。
鼻から大きく息を吸い、口から鋭く息を吐くと同時に右足で地面を蹴り、右手を突き出す。
「シッ!」
吐かれた息が鋭い音を立てながら、歯の間を通過した。
「参った!参った!・・・参った!」
拳が顔面に到達する寸前に、両手を顔の前でクロスさせながら降参するアシュタフ。
ちょっと待て!
まだ、ひとつめの魔法障壁も破壊してないぞ。
「こんな奴と勝負なんて無理だ!」
軽い調子で言い放ち、ズボンの汚れを払いながら立ち上がるアシュタフ。
「勝者、ロゼライト!」
審判の先生が、僕の勝利を宣言した。
「学園内の大会だぞ、そう熱くなるなよ。」
すれ違いざま、僕だけに聞こえる声でそう言うアシュタフ。
ふざけるな。
その『学園内の大会』で、お前はルディに何をした?!
勝利の喜びなどとは程遠い気持ちの中、僕はステージを下りるアシュタフを睨みつけていた。
「ロゼライト!」
ステージ横から聞き慣れた声が聞こえ、僕はそちらを振り返る。そこには満面の笑みを浮かべたルディの姿があった。
「ルディ、もう大丈夫なのか?」
僕はルディに駆け寄り、ステージから飛び降りた。
「もうすっかり大丈夫だよ。先生の魔法ってすごいね。」
良かった。
ルディの怪我は、すっかり治ったようだ。
「凄かったねロゼライト!何で急にあんなに強くなったの?」
「まあ、色々あってね。」
試合中に試したことばかりなので、僕もまだよく分かっていない。
「また差をつけられちゃったな。」
口では悔しそうなことを言っているが、ルディの口調は嬉しそうだ。
「ルディの痛みを少しでもアシュタフに分からせようとしたんだけど、先に降参されちゃったよ。」
「ロゼライト、僕はそんな事を望んではいないよ。恨みは何も生まない。僕の怪我は治ったんだしいいじゃないか。」
ルディが笑顔で答えた。
そうだった。ルディは仕返しなんて考えるような人間ではない。
僕は自分の行動が少し恥ずかしくなった。
「次は決勝だね!ここまで来たら優勝を目指そう!」
ルディが僕の肩に手を置いて言った。
「上級生相手だぞ。そんな簡単にいくとは思えないけどね。」
余計なことは考えず、今は決勝戦に集中しよう。
決勝戦には、テレーズ王女も出場する。
気を引き締めなければ!
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