第52話 魔術武道大会(6)

 無機質な医務室の中、ルディの治療が懸命に行われていた。

 土の魔力でルディ自身の回復力を促進しつつ、生命力を増強する。回復魔法は、他者に様々な力を付与できる土の魔法の使用者のみが使用できるものだ。

「ルディ君はもう大丈夫だ。ロゼライト君、そろそろ会場に戻らないと・・・。」

 先生が僕に移動を促した。

 一時は生命の危機に瀕していたルディも、徐々に容態が安定し、静かに寝息を立てるぐらに回復していた。

「それでは、ルディを宜しくお願いします。」

 僕は救護班の先生達に挨拶をしてから、会場へと続く通路を進んだ。

 絶対に許さないぞ、アシュタフ!

 僕は血がにじむぐらい右手の拳を強く握りしめた。

「それでは、試合を始めます。選手はステージに上がってください。」

 僕は階段を上がり、ステージに足をかけた。

 会場にある大型掲示板には、2年生と3年生の試合の勝者の名前が記載されている。どうやら上級生の試合は、僕が医務室に行っている間に終了してしまったようだ。

 2年生の勝者は、案の定テレーズ王女。3年生は・・・。

「おい、ルディの奴は大丈夫だったか?」

 魔法障壁を纏わせてもらっている最中に、アシュタフが話しかけてきた。

 自分でやっておいて、何を言っているんだこいつは!

「残念だったな。容態は安定してきたよ。」

 最大限の嫌味を込めて、僕はアシュタフに言い放つ。

「けっ、弱いくせに大会になんか出るから悪いんだ。お前も棄権するなら今のうちだぞ。」

 どこまでも嫌な奴だ。僕は無言でアシュタフを睨みつけた。

「ふたりとも、私語は慎むように!」

 険悪な雰囲気を察して、審判の先生が僕たちの間に割って入った。

「それじゃ、ふたりとも下がって。」

 僕はステージの端まで移動し、軽くストレッチをしてから剣を握りしめた。

 戦法はひとつ。開始と同時に一気に間合いを詰めて、一瞬で終わらせてやる。

「第2試合、開始!」

 僕は開始の合図と同時に剣を抜き、切りかかった。

 攻撃があたるまでの時間は、ほんの数秒。これは1年生が魔法のイメージを完成させるには短すぎる時間だ。

 イフリートの試練の旅の途中で、トゥラデルがよく言っていた「魔法を使うより、剣で切った方が早い」と。まさにその通りだ。

「炎よ、灼熱の矢となりその姿を現せ。」

 しかしアシュタフの魔法が発動したのは、試合開始の合図の直後。

「何で?!早すぎる!」

「頭を使えよ。魔法のイメージだけなら、開始前までに済ませておけばいいのさ!」

 確かにそうだ。大会規定には「事前に魔法をイメージしてはいけない」とは書いていない。

 そんな事、誰もやらないから考えもしなかった。

 僕は急いで進行方向を変えた。このまま直進したら炎の餌食だ。

「襲い掛かれ!」

 言葉を発すると同時に、アシュタフの周りに出現した炎の矢が一瞬前まで僕がいた場所に降りかかり、石造りにステージを焦がした。

 少しでも判断が遅かったら、僕の魔法障壁は破壊されていただろう。

「1回戦と同じ戦法は通用しないぜ。」

 既にアシュタフの周りには、新しい炎の矢が出現している。口だけではないという事か・・・。

 雨のように降り注ぐ炎の矢。

 何とか躱したり剣で弾いたりしているが、僕の体力はどんどん消耗していく。このままではいつかは体力が尽き、躱しきれなくなるだろう。

「これは魔術大会だぞ!魔法を使えー!」

 客席からヤジが飛ぶ。

 うるせぇ!賢者は魔法じゃ戦えないんだよ!

 今更ながら、賢者に生まれた自分が恨めしかった。ルディの仇をとるどころじゃない、このままでは手も足もでないままやられてしまう。

「魔界みたいに、使わない精霊の力を弱くできれば。」

 僕はバックステップで、炎の矢を躱した。

 放たれる魔法が多すぎて、間合いが詰められない。万事休すか・・・。


 ――イフリートの加護を授けよう。

 ――これによりサラマンダーの力を自在に扱えるようになるだろう。


 イフリートの言葉だ。

 苦労したのに全く意味のない力を授けてくれやがって。

 ・・・。

 待て!

 何かを見落としている・・・。

 「自在に扱える。」って何だ?

 フローは何でイフリートの試練を受けなければならなかった?

 それは・・・。

 サラマンダーの力を、弱めるため・・・。

 ・・・。

「これで最後だ!」

 アシュタフの周りに、これまでに無いほど多くの炎の矢が出現した。

「行け!」

 爆音を伴い襲い掛かる魔法の矢。

 僕を中心に炎と硝煙が巻き上がった。

 騒然となる会場。誰もが第1試合の惨劇を思い起こした。

 しかし、惨劇は繰り返されない。

「温度は高いけど、衝撃はそれほどでも無いんだな。」

 煙の中、僕は立ち上がった。先程までは持っていなかった身の丈ほどもある大盾を持って。

 アシュタフが目を見開いた。

「なんだその盾は、どこから出した?!」

「手の内を晒す必要は無いと思うけど。」

 僕が手を離すと、何もなかったかのように空間に消滅する大盾。

「あれは、闇の魔法じゃ・・・。」

 会場から聞こえる声。

 現在、僕は体内のサラマンダーの力を極限まで弱く制御している。これにより『闇』と『土』に配分できる魔力が増えたというわけだ。

 ぶっつけ本番でやったから不安はあったが、どうやらうまくいったようだ。

 イフリートの試練は無駄じゃなかった。

「剣よ、姿を現せ。」

 僕の周囲に4本の剣が出現し、回転を始めた。

 反撃の狼煙は上がったのだ。

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