第51話 魔術武道大会(5)

 割れるような歓声の中、僕はステージに設置された階段に足をかけた。

 ステージ上では僕の対戦相手であるニクルスが、既に準備を終え、戦いに備え精神集中をしていた。

「ロゼライト君、正々堂々と悔いのない闘いをしよう!」

 どこまでも爽やかなニクルス。

 その背後にきれいな花が見える気がするのは、誰かが僕に幻影の魔法をかけたという訳ではないだろう。

「それではふたりの体に魔法障壁を設けます。」

 4人の術士の先生が二手に別れ、僕とニクルスに2重の魔法障壁を作成し始めた。

 土の魔法である魔法障壁は、物理攻撃も魔法攻撃も防いでくれるという難しい魔法だ。

 魔法障壁の術の発動には術者の熟練を要する上に、術者の魔力が及ぶ範囲外に出たり、術者の集中力が途切れると、たちどころに効力を失うという使い勝手の悪さが災いし、あまり使い手がいない現実にある。

 僕の周りに温かい魔法の膜が生成された。この薄い膜が攻撃を防いでくれるというから驚きだ。

「ふたりとも準備はいいか?」

 先生の言葉に僕達は頷いた。

「それでは、第1試合、始め!」

 ニクルスの持っている武器はロッド。きっと魔力を増幅するような効果を持たせているのだろう。

 対して僕の武器はいつも通り、少し短めの片手剣だ。

 ルディの話では、ニクルスは魔法をイメージするのが早いらしい。それならば!

 開始の合図と同時に、ステージを対角線上にダッシュして一気に間合いを詰める。

 そのスピードを殺さぬまま、僕はニクルスに向かってジャンプした。

「え?え?ちょっと待って!」

 困惑するニクルス。

 もちろん僕は待つ気など、微塵もない。

 魔術学園の授業は魔術に関することに限定されるため、剣術や体術に関しての知識は殆どの生徒が持ち合わせていない。

 特に術士クラスの生徒たちは、他者よりも魔力が優れているため魔術以外の知識を軽視する傾向があるのだ。

 ニクルスと衝突する寸前に、僕は右足側面『足刀』と呼ばれる部分を蹴り出し、ニクルスの顎を捉える。

 魔法障壁によってダメージはを受けることはないが、自分の顔を蹴られるという恐怖と衝撃の中で魔法のイメージを持ち続けられるとは思えない。

 事実、ニクルスはたたらを踏み、数歩後ろに下がった。

 着地と同時に、僕は追撃をかける。

 ニクルスが後ろに下がった事によりできたスペースで、僕は時計回りに反転、右の後ろ蹴りを腹部に放つ。

 後ろ蹴りの衝撃でニクルスの体勢がくの字に曲がったところで、腰に差してあった片手剣を鞘から抜き、横に一閃。

 直後に会場に響き渡るガラスの割れたような音。

 魔法障壁が砕け散る音だ。

「それまで、勝者ロゼライト。」

 あまりにも呆気ない幕引きに、戸惑いの色を見せる観客たち。

 魔術学園のイベントとしては派手な魔法の応酬を期待していたのかもしれないが、ニクルスと魔法勝負をして勝てるとは到底思えなかった。

「それでは、第2試合の選手はステージに上がって下さい。」

 勝敗が決まると、すぐに進行役の先生の声がかかった。

 どうやら勝利の雰囲気に浸っている時間は無いらしい。

「小僧!良くやった!」

 観客席から響くひときわ大きくガラの悪い声はトゥラデルのものだ。ひとまず彼のシゴキを回避でき、僕は胸を撫で下ろした。

「ロゼライト、完敗だよ。」

 話しかけてきたのはニクルスだ。

「剣や体術による攻撃を仕掛けてくると予想はしていたんだけど、あまりにも速く見事な攻撃で対処ができなかった。」

 「魔法勝負をしないなんて卑怯だ」などと非難されるかと思っていたが、ニクルスにそんな気持ちは無いらしい。

「僕は魔力が弱いから、ニクルスと魔法勝負をしても太刀打ちできないからね。卑怯かと思ったけど、体術で勝負させてもらったよ。」

 僕は正直に自分の考えを話した。

 それが先程の僕の戦い方を評価してくれた、ニクルスに対する敬意だと思ったからだ。

「次は負けないからな!」

 どこまでも爽やかなニクルス。僕達は力強く握手して、お互いの健闘を称えた。

 その時、観客席から悲鳴とどよめきが聞こえた。

「救護班!急いで!」

 審判の叫び声が会場内に響き渡る。

 何が起こった?!嫌な予感しかしない。

 僕はステージを凝視した。

 担架を担ぎ、ステージ上を走る救護班。

 その先に見えるのは、ところどころ黒炎を上げながら倒れている人型の何か。

 現在、ステージ上に立っているのはアシュタフひとりだ。

 ルディは・・・ルディはどこだ?

 僕はステージの隅々まで見渡した。

「ひとつめの魔法障壁を破壊した後も、攻撃をやめなかったんだ。」

 まさか・・・ルディは・・・。

 隣に佇むニクルスの顔は蒼白だ。きっと僕の顔も同様なのだろう。

「弱いくせに大会になんて出るからだ。」

 倒れているルディに対し、吐き捨てるように言ったアシュタフ。

 その言葉を聞いた瞬間に、僕の中で何かが切れた。

「貴様ー!」

 僕はステージに飛び乗り、拳を振り上げアシュタフに走り寄った。

「待つんだ、ロゼライト!」

 数人の先生たちが、僕に飛びかかる。

「気に入らないことがあるなら、試合で示すんだな。」

 アシュタフは先生の手で抑え込まれた僕に対し、吐き捨てるように言うとステージを降りていった。

「くそっ!」

 僕はステージに拳を叩きつけた。

「ロゼ、ライト・・・。」

 ルディの声?

 声の方向に視線を移すと、こちらに顔だけ向けて口を開くルディの姿があった。どうやら回復魔法が間に合ったようだ。

「僕は、君に、追いつきたかった。」

「ルディ、喋るな!回復に努めるんだ。」

「王都が襲撃された時、僕は、動けなかった。君は果敢にも走り出したのに。」

 ルディが苦しそうに咳き込んだ。

 回復魔法では痛みを和らげることができない。ルディは今、想像できないほどの苦痛に耐えているのであろう。

「君のいない間、努力して、強くなった気でいたけど、まだ、足りなかったみたいだ。」

「救護室に向かいます。」

 応急処置が終わったのか、救護班がルディを担架に乗せ、移動を開始した。

 これから救護室で、魔道具を使用した本格的な治療が始まるのであろう。

「ロゼライト、負けないで。」

 ルディはそう言うと、再び気を失った。

 許さない、絶対に許さないぞアシュタフ!

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