第35話 イフリートの試練(10)
トゥラデルが大剣を振るう。
イフリートが放つ火球も、王家の秘術を用いたトゥラデルの体を傷つける事はできない。
倒せる!このままいけば、イフリートを倒せるぞ!
僕は興奮しながら戦況を見守っていた。
「まずいわね。このままじゃ・・・。」
しかしアクアディールの見解は違っていた。
「いくらトゥラデルに炎が効かなかったとしても、それだけじゃ倒せないわ。」
アクアディールの戦況を見る目は冷静だ。
「そもそもトゥラデルは火の術士。最後は炎の技に頼らなければならないのは明白。」
確かにトゥラデルの攻撃は火の魔法と組み合わせたものがほとんどだ。
「そして、トゥラデルと同様にイフリートにも炎は効かないわ。」
僕は唇を噛みしめた。
そうか。このままではお互いに致命傷を与える事はできない。
いや、違う。
トゥラデルは王家の秘術を用いる為に、常に魔力を消費し続けている。つまり、イフリートはトゥラデルの魔力切れを待っていれば勝利を掴むことができるということだ。
「人間よ。お前の力はこれで終わりか?」
イフリートの目が鋭く光った。
次の瞬間、イフリートの纏っていた炎が赤から紫へ、遂には青白く変化した。
「人の身でここまで技を練り上げるとは感服した。しかし、たかがサラマンダーの能力を以て火を克服したと思われるのは、些か不愉快な気分だ。」
僕は先程までと違い、イフリートから発せられる熱でチリチリと肌が焼けるような感覚を覚えた。
これはイフリートの体から発している炎の温度が、上昇しているということなのか?!
イフリートは指先に青白い炎を出現させた。
直後に間合いを取り、イフリートを中心に円を描くように動き出したトゥラデル。
危険を肌で感じたのか、トゥラデルの表情に余裕が見られない。
「駄目か。ロゼライト、姫様を守れ!」
そう言って、人のものとは思えない速度で走り出すアクアディール。
風の魔法を使って移動速度を上げたのだろう。アクアディールが飛び出すと同時に起こった爆風が、周り石を遥か後方に吹き飛ばした。
「人間よ、さらばだ。こんなにも楽しい戦いは久々であったぞ。」
イフリートの指先から放たれた炎は、トゥラデルの近くで大きく膨れ上がり、そのままトゥラデルを飲み込んでいった。
「トゥラデルー!!」
僕の叫び声が、火口に虚しく木霊する。
「トゥラデル、少しだけ気合いをいれて耐えてなさい!」
アクアディールはイフリートの脇をすり抜け、膝を付き今にも崩れ落ちそうなトゥラデルに向かってそう叫ぶ。
「私の名はアクアディール。聖騎士にして、水と風の導師。」
イフリートに名乗りを上げるアクアディール。
アクアディールが右手に魔力を込めると同時に、空気の渦が発生した。
風の魔法?何をするつもりだ?!
「風の精霊核の力は・・・略奪。」
アクアディールがトゥラデルに向かって風の魔法を発動する。すると、トゥラデルを焼いている青白い炎の色が赤くなり、みるみるうちに消えていく。
「トゥラデルの周りの酸素を略奪したわ。呼吸は苦しいでしょうけど、炎は消える。感謝しなさい。」
炎が消えると同時に、トゥラデルの体を水の魔法で冷やすアクアディール。
「ほほぅ。また面白いことをする人間が現れた。」
標的をアクアディールに変更するイフリート。トゥラデルはしばらく動けそうにない。
「フロー、ごめん。僕も行くよ。」
覚悟を決め、イフリートの方へ足を進める僕。
フローは大丈夫だ。イフリートは戦いを楽しんでいるように見える。戦いに参加していない者は安全なはずだ。
「ロゼライト、姫様を守れ!イフリートは私が倒す!」
アクアディールが叫んだ。
「トゥラデルだって倒せなかったんだ。ひとりじゃ無理だ!」
どのみちアクアディールが倒れたら、僕にイフリートを倒すことはできない。ここで攻めなきゃ、僕もフローも命は助からないんだ。
「姫様に何かあったら許さないからな!」
アクアディールの周りの空気が、不自然な流れを形造る。次に使用するのは風の魔法という訳か。
ならば!
僕はポケットから鉄でてきた筒を数本取り出すと、土の魔力を右手に込めた。しばらくすると右手の周りを鉄の筒が回りだす。
「イフリートの周りの酸素を略奪する!」
風の魔法で移動速度を上げたアクアディールが、イフリートに近づき魔法を発動させた。
イフリートが纏っていた炎が、みるみるうちに小さくなった。
「体の内部に、直接水を流し込んでやる。」
槍を両手に持ち、炎が消えて露わになったイフリートの胴体に槍を突き立て、水の魔法を発動させるアクアディール。
導師ならではの連続攻撃だ。
「いいぞ!なかなか面白い攻撃だ。」
高らかに笑うイフリート。
「アクアディール、下がって!」
僕はそう言って、持っていた鉄の筒を重力操作でイフリートに落下させた。
アクアディールが離れると同時にイフリートの周りに略奪されていた酸素が出現、イフリートが体に纏っていた炎が復活し、僕が落下させた鉄の筒を巻き込んでいく。
そう。火薬の詰まった鉄の筒を・・・。
凄まじい爆音と共に、爆発の衝撃が僕等を襲う。
アクアディールがイフリートの炎を弱めてくれなかったら、ここまで至近距離で爆発させることはできなったであろう。
「ぐあぁあぁ!」
叫び声と共に、膝を付くイフリート。
やった!効いてるぞ。
あと使えそうなものは・・・。
僕は鞄の中身を急いで漁る。
水筒、空の弁当箱、メタルマッチ、ホムンクルスの卵、トゥラデルからもらった紅玉石。
何かないのか?!
早くしないとイフリートが復活してしまう。
「風の精霊、土の精霊・・・力を貸して。」
直後、聞こえてきたのはフローの声。
「フロー、いったい何を?!」
声の聞こえてきた方向に目をやると、目に入ってきたのは両手に別々の精霊の魔力を込めるフローの姿。
「壁画にありましたよね。ふたつの魔法を組み合わせて新しい魔法を作り出す絵が。」
フローの額から汗が流れ落ちる。
その汗は暑さによるものか、それとも・・・。
「ロゼライトさんは、同時にふたつの魔法を扱うことができます。だったら私だって!」
復活しつつあるイフリートの視線が、フローに注がれた。
「『制する者』よ。力は借りるのではない、制するのだ。」
イフリートがフローに助言だと?!
もしかして試練とは・・・。
「だめっ、安定しない。」
フローの手から放たれた風の魔法が、土の魔法を飲み込んでいく。きっとフローは風の魔法の方が土の魔法よりも得意なんだ。
「フロー、風の魔法を抑えて!、風と土の魔法を同じ力にするんだ!」
目を閉じ、魔力制御に集中するフロー。
やはりイフリートがフローに攻撃する様子は無い。
「これで・・・どう?!」
フローが目を開けた直後、空間が弾ける音がした。
空気が渦を巻き、フローの目の前に収束する。収束した空気の渦に現れたのは、無数の稲妻の塊だった。
稲妻がイフリートへと、その手を伸ばす。
出現した魔法力は、魔人のそれとは思えないほど強力な物だった。
「良いだろう。我が試練、合格とする。」
突然、イフリートから殺気が消えた。
何か起こったんだ?!
緊張がほぐれたのか、戦況を見守っていたアクアディールが、尻もちをつくのが見えた。
フローも何が起こっているのか理解できず困惑している。
「終わった・・・のか?」
唐突に訪れた試練の終了に頭がついてこないでいると、イフリートが僕に近づいてきた。
「『愛されし者』よ。イフリートの加護を授けよう。これによりサラマンダーの力を自在に扱えるようになるだろう。」
イフリートから放たれた優しい光が、僕の体を包み込んだ。今までに感じた事のない暖かな力が溢れくるのが感じられる。
そうだ、トゥラデルは?
アクアディールに助けられたとは言え、イフリートの炎に包まれたのだ。軽症で済むはずはない。
「とんだ茶番だったな。本気でやった俺が馬鹿みたいだ。」
良かった。少し焦げているが命に別状は無さそうだ。
もしかしたら、イフリートが手加減をしていたのかもしれない。
「では王都に帰りましょうか。」
フローがこちらに来て言った。イフリートの加護は無事に得られたのであろう。
「『愛されし者』そして『制する者』よ。ふたりの運命に幸あることを願っている。」
イフリートはそう言うと、炎に包まれながら消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます