魔界潜入

第36話 魔界潜入(1)

 不規則に揺れる荷台が、路面の悪さを物語っている。

 僕たちはイフリートの試練のあと、重症であるトゥラデルを連れてペルケ火山を下った。

 運良く街道で出会った王都行きのキャラバンと交渉したところ、王都まで荷台に乗せてもらえることになったのだ。

「土の精霊よ、この者に生命力を分け与えたまえ。」

 僕の両手の掌が優しく光り、トゥラデルの火傷を包み込んでいく。

「何だ、小僧も魔法を使う時に声に出すようにしたのか。」

 トゥラデルがいやらしい笑みを浮かべた。

 僕はトゥラデルの言葉を無視して、掌に意識を集中する。

 魔力を込めた掌が温かい。

 地の精霊ノームの加護により、大地の生命力が術者を介して対象に流れ込んでいるのだ。

 これにより対象者の治癒力が強まり、自らの力で傷を癒やしていく。

 以前に治癒の魔法を自分に使用したときよりも、格段に傷の治りが早いのはトゥラデルの生命力が優れているという事なのだろうか?

 同じ人間なのだから、ここまで治癒力に差が出るとは考えづらいが・・・。

「イフリートの試練に受かったって事はよ。」

 ただ座っているのが暇なのか、今日のトゥラデルはいつになく多弁だ。

「イフリートの加護が受けられたって事か?」

 イフリート。火の上位精霊にてサラマンダー達を束ねる炎の王。確かにそのような力が備われば、人の身に余るほどの魔法が使えるのかもしれない。

「そうじゃなくて、サラマンダーの力を完全に制御できるようになったという事らしい。」

「良くわからんな。まあいい、ちょっと炎を出してみろよ。」

 トゥラデルに言われて、僕は少し躊躇った。

 実はイフリートの試練のあと、密かに炎の威力が上がったのではないかという期待をして、何度も火の魔法を使っているのだ。

 しかし結果は・・・。

「なんだよ!全然変わってないじゃねぇか。」

 僕の指先に現れたのは、吹けば消えてしまいそうな小さな炎。

「考えてみれば当たり前か。魔法の威力ってのは、個人が待っている魔力の大きさに左右されるからな。いくら精霊の力を制御できたとしても、持っている魔力が小さかったら威力は上がらねぇ。」

 密かな期待を砕かれ、落胆する僕。

「でも、嬢ちゃんの精霊力のバランスは安定したみたいじゃねぇか。」

 確かにイフリートの試練の後、フローの中の火の精霊は暴走しなくなったように思える。

 当初の目的は達成したんだ。それで良かったと思うことにしよう。

「ロゼライトさん、そろそろ休憩です。お昼ご飯みたいですよ。」

 荷馬車と並走するフローがうれしそうに馬の上から話しかけてきた。

「この先の川沿いに少し開けた場所があるから、馬を休めながら昼飯にしよう。」

 キャラバンのリーダーらしき人が、皆に声をかけている。

 フローの正体は行商人には伝えていない。この人達は悪い人には見えないが、こちらには負傷者もいるので、不要なリスクは避けるべきだろうと考えたからだ。

「姫様、キャラバンから果物を買うことができました。」

 アクアディールが手に持っているのは、オレンジよりもかなり大きめの柑橘系の果物だ。

「メロゴールドですね?なかなか手に入らないので、皆さんで食べましょう。」

「果物は嬉しいな。王都を出てから干し肉ばかり食べてたから、さすがに飽きちまった。」

 アクアディールは「姫様の為に買ってきたのに」と言わんばかりの態度であったが、フローに「皆で食べる」と言われてしまっては、分けないわけにはいかないだろう。

「ロゼライトさん、火の魔法の力は上がりました?」

「いや、全然。昨日までと全く変わらないよ。」

「そうですか、私もです。私の場合は火の精霊の制御が目的だったから、目的は果たしたって感じですけど、ロゼライトさんは無駄な旅をさせてしまいましたね。」

 フローが心底申し訳無さそうな表情をする。

「いや、いいんだ。僕の目的だってフローの体が良くなる事だったんだから。」

 慌ててフォローする僕。

 そうだ。崩れてしまったフローの加護精霊の力のバランスを正すために出た旅だ。旅の目的は達した。僕の魔法の力がどうであれ、これは喜ばしい事なんだ。

「フロー!王都に帰ったらお祝いをしよう!」

 僕がそう言うと、フローの表情が目に見えて明るくなるのが分かった。

「ロゼライトさん、本当ですか?!私、行きたいところが・・・。」

「そんな事よりよ。」

 トゥラデルが口を挟んだ。

 何て空気の読めない奴なんだ。せっかく暗くなった空気が変わってきたのに。

「トゥラデルさん、「そんな事より」って、ちょっとヒドイです。」

 フローも口を尖らせた。

「イフリートの言ってた『制する者』と『愛されし者』って何なんだ?」

 フローの抗議などお構いなしに、トゥラデルがメロゴールドを一房口に放り込みながら、そう言った。

「それは私も気になっていました。」

 アクアディールが口を開く。

「姫様を『制する者』、ロゼライトを『愛されし者』と呼んでいたようですが、ふたりは直接イフリートと面識があったわけではないので、魔人を『制する者』、賢者を『愛されし者』と呼んでいたと捉えるべきでしょう。」

 いったい何を『制する』のか、そして何に『愛される』のか。いくら考えてもその答えが出るはずもない。

「疑問はもうひとつあると思う。」

 僕はフローを一瞥して言葉を発した。

「最後にフローが見せた全く新しい魔法、雷の魔法・・・なのかな?あれの正体もわからないままだ。」

 イフリートの試練で現れた疑問はいくつもある。しかし、それに対して答えを持っている者はここにはいなかった。

 まあいい。王都に帰ったらスレート先生にでも聞いてみよう。

 確かスレート先生の持つ書物には、賢者と魔人について書かれたものがいくつかあったはずだ。

「そこのキャラバン、聞きたいことがある。責任者は誰だ?!」

 街道の方から声がした。

 ふと目をやると数人の騎馬兵が、キャラバンの商人に向かって何やら話をしていた。

 騎馬兵の表情から、あまりよろしくない事態であることが汲み取れる。

「あれって、王家の紋章じゃない?」

 僕は騎馬兵が背負う盾に刻まれた紋章について、アクアディールに尋ねた。

「確かに王家の紋章だが、見たことのない旗印だ。騎士団ではないのかもしれない。」

「悩んでるより、聞いちゃったほうが早いだろ?小僧、ちょっと行って聞いてこいよ。」

「何で僕が?!」

 イフリートの試練で、ただでさえ疲れているんだ。これ以上の面倒事は遠慮させてもらいたい。

「でも、騎馬兵の方からこっちに来てくれるみたいです。聞きに行く手間が無くなって良かったですね。」

 フローが指差した方向へ目をやると、先程まで商人と話をしていた騎馬兵が馬を降り、こちらへ歩いてくるのが見えた。

 それを見たフローは「良かった」と言っているが、僕には面倒事が歩いてくるようにしか見えなかった。

「ロゼライトだな。」

 騎馬兵が口を開いた。

 意外なことに、騎馬兵が探していたのは僕のようだ。

 王家の人が用がある人物なんて、王女フローレンスか護衛アクアディール。あとは素行の悪さで訴えられたトゥラデルだと思っていたので、僕の名前が真っ先に出てきたことに驚いた。

「フローレンス王女、火急の要件ゆえ無礼をお許しください。王女の供でありますロゼライトに、急いで王都へ戻るよう王より命令が下りました。こちらが親書です。」

 カーネリアン王が?!

「これは・・・確かにお父様の筆跡。」

 一国の王ともあろう方が、一介の学生に勅命?いったい王都で何が起こっているというのか?!

 僕は皆と顔を見合わせてから、急いで荷物を纏めると馬に乗り騎馬兵と共に王都へ急いだ。

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