第37話 魔界潜入(2)
王都へ着いた僕は、旅の荷物も置かずに王城へと走った。
途中、門番や騎士団に出くわしたが僕の事を呼び止める者はいなかった。それどころか門番は率先して門を開け、騎士団は一介の学生である僕に道を譲る。
それだけ今この状況が緊急事態であるということだ。
僕は息が上がるのも気にせず、王城の廊下を走り抜けた。
「ロゼライトなど待ってはいられない!私はたとえ一人でも歪みに入ります。」
謁見の間の前まで来た僕の耳に、聞き覚えのある女性の声が飛び込んできた。
この声はテレーズ王女だ。
僕は扉の前に立っていた兵士に軽く挨拶をしてから、謁見の間の扉を開けた。
突然の僕の登場に、騒然となる室内。
中にいるのはテレーズ王女、カーネリアン王、スピネル王妃、それに大臣達。鎧を纏っているのはそれぞれの騎士団長ってところか。
「今、戻りました。」
カーネリアン王に帰還の挨拶をしてから室内を見回した。やはりシャルロット王女の姿がない。
僕は道中、騎馬兵には「シャルロット王女が魔族にさらわれた」とだけ聞いていたのだ。
「ロゼライト、よく戻った。本来であればフローレンスの試練の件、正式に讃え褒美を・・・。」
「お父様、時間がありません。前置きはさておき本題を。」
テレーズ王女がカーネリアン王の言葉を遮り、先を促した。テレーズ王女の言葉に余裕が無い。それだけ切羽詰まった状況という事か。
「そ、そうだな。では単刀直入に言おう。ロゼライト、君にはシャルロット捜索のために歪から魔界に潜入してもらいたい。」
歪―――。
正式には『深淵の闇』という。教科書には「本来、相容れる事のない現世と魔界が繋がってしまった場所」と記載されている。
歪が発生する要因は、「大きすぎる負の感情」「魔法による現世からの干渉」そして「強力な魔族による現世への侵略」。
「数日前に突然、城の倉庫に歪が出現して一匹の魔物が出てきた。名をグランデールと名乗ったそうだ。」
グランデール・・・確か、王都が襲撃されたときに現れた魔族。
「ロゼライトも覚えているとは思うが、グランデールは先日の王都襲撃の際に取り逃がした中級魔族だ。話を聞く限りでは、襲撃の際グランデールを撃破したシャルロット、テレーズ、フローレンス、それにロゼライトに恨みを持っているようだ。」
全員を一気に相手にするのは不利と見て、グランデールは一人づつ倒していくという戦法に出たということか。
「しかしシャルロット王女の捜索に行くというのであれば、僕なんかより騎士団を派遣した方が良いのではないでしょうか?」
一国の王女が攫われたというのだ。魔力の乏しい賢者なんかより、強い騎士団で捜索隊を結成したほうが確実ではないだろうか?
「それに関しては、私から説明しましょう。」
そう言って、大臣たちの間から一歩前に出たのはスレート先生だ。
うん、存在感無くて気が付かなかったよ。
「魔界というのは負の魔力で満ち溢れています。」
スレート先生は、咳払いをしてから「僕へ」というよりも全員に向かって話しだした。
「負の魔力というのは、元来人間には有害な物。その為、普通の人間が魔界へ入るという事は、その者を蝕み、命を奪う可能性の高い行為。」
スレート先生は一度言葉を切り、周囲を見回した。ざわついた周囲の状況が落ち着くのを待っているのだ。
「しかし、生まれつき負の魔力に対抗できる人間というのが存在する。ひとりは光の魔力で負の魔力を相殺することのできるシャルロット王女。そして・・・。」
皆が僕に注目した。
皆、分かっているのだ。スレート先生がこの後に続けようとしている言葉を。
「そして、この世に生を受けてからずっと負の魔力、つまり闇の精霊の加護を受け続けているテレーズ王女と、ここにいる賢者ロゼライトだ。」
カーネリアン王が立ち上がった。
「ロゼライトよ。酷な頼みであることは重々承知であるが、テレーズ王女と歪みより魔界に潜入し、シャルロット王女を助け出してはもらえないだろうか?」
こ、これは・・・とても断れる雰囲気ではない。
「僭越ながら王に進言いたします。」
声を上げたのは、騎士団長と思しき人物だ。
さすが騎士団長!ここで助け舟を出すとは、弱きを助ける騎士の鏡だね。
さあ言うんだ「自分の命に危険があるとしても、私がシャルロット王女を助けに行く!」と。
「テレーズ王女は王家の後を継ぐ可能性がある人物。まずはロゼライトひとりに潜入させてはいかがでしょうか?」
おいっ、なんてことを言うんだ!ぶっ飛ばすぞ!
「確かに、シャルロット王女に万が一のことがあった場合、テレーズ王女にはこの国を担う役目がある。危険を犯すわけには・・・。」
口々に勝手なことを言う大臣達。
そしてもう一つ忘れてはならないのは、第一王位継承者はシャルロット王女ではなくテレーズ王女だという事だ。
当然の事のようにシャルロット王女が跡継ぎだとされる現実。以前フローが言っていた「テレーズお姉様が可哀想」というのも納得できた。
「黙れ!本来であれば、そなたらに命を賭して捜索せよと命ずるところを、このロゼライトに頼んでいるのだ。これ以上の負担はかけられぬ。もう決まった事だ。」
え?決まった事なんですか?
僕はまだ引き受けると言った覚えは、ないんですけど。
「それではロゼライト、出発は明朝とする。今夜はゆっくり休んで準備を整えておくように。皆、それで良いな?」
カーネリアン王の言葉を聞き、それぞれの持ち場へと戻る大臣と騎士団長。
「ロゼライト、面倒事に巻き込んでしまってすまないな。私一人で行くと言ったんだが、父や大臣たちが聞かなくて。」
壇上から下りてきて、テレーズ王女が僕の肩を叩いた。
「それでは、また明日。頼りにしてるからな。」
頼りに・・・って。せいぜい足を引っ張らないようにがんばります。
グランデールの恨みの対象には僕も入っている。考え方を変えれば、僕ひとりの時にグランデールに襲われるよりも、テレーズ王女と一緒に魔界で捜索をしていた方が生存確率が上がるのではないだろうか?
そう前向きに考え、僕は王城を後にした。
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