第48話 魔術武道大会(2)

 窓から差し込む陽光に顔を照らされ、僕は幸せな二度寝の時間を楽しんでいた。

 ベッドでしっかり寝たのは何日ぶりだろうか。

 野宿とは違い背中や腰に痛みがなく、疲れもしっかり取れているのが実感できる。

 今日は魔界から帰ってきて初めての日。

 予想よりも日の出が早く、随分と日差しが強そうだ。

 自分の感覚では昨日まで春先だったのに、一夜明けて「もうすぐ夏です」と言われているみたいで、頭が混乱する。

「朝飯でも食うか。」

 クローゼットから取り出したワイシャツとズボンを身につけ、食堂へと続く階段を一段ずつ下りていく。

 階段室は吹き抜け状になっていて、螺旋階段の中央を土の術士たちが重力操作で上り下りしている。

「楽そうで良いなぁ。」

 土の魔法は日常生活において、一番便利な魔法だと言って良い。そして重力操作は土の魔法の中でもひときわ役立つ魔法だ。

「おい、ロゼライト。」

 突然声をかけられ、狼狽する僕。

「はははっ!シャルロット王女を助けた英雄でも慌てるんだな。」

 声の主は吹き抜けを浮遊しながら、屈託のない笑顔で僕に話しかけてきた。

 茶色の髪に青色の瞳。

 間違いない。土と水の導師だ。

 『付与』力を持つ土の魔力と、『浄化』の力を持つ水の魔力を併せ持つ者は、回復魔法のエキスパートとして重宝される存在だ。

 しかし誰だろう。見たことのない顔だ。

「えっと、君は?」

「俺はトマス。一応、君のクラスメイト。」

 トマスはそう言うと階段に降り立ち、歩きながら話そうと僕に促した。

「ゴメン、クラスの皆の名前を覚えきってなくて。」

「別に良いさ。同じクラスって言っても、導師と賢者じゃ実習も別の教室だから、あまり接点無いし。」

 身振り手振りをつけながら話すトマス。

「魔界からシャルロット王女を救出したんだって?昨日は、その話題で街中大騒ぎだ。」

 トマスは、まるで自分のことのように興奮しながら、昨日の街の様子を僕に聞かせてくれた。

 噂が噂を呼んで、僕はちょっとした英雄扱いだったらしい。

「おっ、ロゼライト。今日から学校行けるのか?」

「ロゼライト君、魔界のお話を聞かせて。」

「シャルロット王女と何を話したんだ?」

 朝食を受け取りテーブルに着いてからも、食事を摂る暇がないほどに色々な人が話しかけてきた。

 その中には今まで話したことのない人も多い。

「一気に人気者だね、ロゼライト。」

 トレーを持って近寄ってきたのはルディだ。

「ここ、良いかい?」

 ルディが僕の返事を待たずに、椅子に座った。

 質問攻めも一段落つき、僕は朝食で出されたマフィンとオムレツ、そしてサラダに手を付けだした。

 マフィンに挟まれた生ハムには黒胡椒が効いていて、朝から幸せな気分にさせてくれる。

 寮内で顔を合わせるためか、ルディとトマスは既に顔見知りのようで、会話に花を咲かせている。

「ロゼライト、魔術武道大会の参加は考えてきた?」

 急にルディが僕に話を振った。

「マジ?大会に出るんだ。応援してるからな。」

 ふたりが期待に満ちた視線を送ってきた。

「いやいや、最近は色々あって疲れちゃってるから、出場するのはやめようかと思ってるんだよね。」

 本当は魔術の使えない僕が大会に出たとしても、ボロ負けして恥を晒すことになる事が容易に予想できるからだけど、その事はあえて黙っていよう。

「おはよう。」

 僕がマフィンを食べ終えると同時に、後ろから声をかけてきたのは水の術士レースアだった。

「おはよう、レースア。随分とギリギリな時間に起きてきたね。」

 ルディが手付かずの朝食が乗せられているレースアのトレーを見てそう言った。

 確かにそろそろ学園に行く準備をしないと、遅刻してしまうような時間帯だ。

「ちょっと寝坊しちゃったんだ。でも朝食を抜くのは美容に良くないからちゃんと食べないとね。」

 レースアが小さく舌を出す仕草をした。

「レ、レースアさんっ!今日もいい天気ですね!」

 な、なんだ?

 さっきまでの調子と全く違う、まるで別人のような口調でトマスがレースアに話しかけた。

「えっと、君は確か・・・トマス君?」

「はい!別のクラスなのに、名前覚えててくれたんですね。」

 誰だ、お前?

「ねぇ、ルディ。これってどういう事?」

 なんとなく予想はついたが、一応確認しておこうと思い、ルディに耳打ちした。

「なんかねぇ、トマスはレースアに一目惚れしたみたいなんだよね。水の魔法を使う姿に憧れてるらしい。」

 あ、やっぱり。

「そもそも僕に話しかけてきたのだって「レースアと仲がいいから」ってのが理由だし。」

「でも、ふたりは初対面のように見えるけど?」

 トマスの態度を見る限りでは、今までに会ったことがあるとは考えづらい。

「何回か紹介するって言って、レースアの所に連れて行こうとしたんだけど、毎回直前で怖気づくんだよね。だから直接レースアと会うのは、今日が初めてかな。」

 テーブルに肘をつき、楽しそうにトマスとレースアのやり取りを見ているルディ。

 僕はルディとレースアは両思いだと思っていたんだけど、ルディを見る限りだとそういう訳では無さそうだ。

 ルディ、レースア、そしてトマス。笑いながら話をする3人の友達を僕は順番に見た。

 昨日までの殺伐とした環境が嘘のような穏やかな日常。このような平穏で幸せな状況が、いつまでも続くように切に願う。

 さて、今日から学園生活再開だ。

 皆から遅れてしまった分、頑張って勉強しなければ。

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