魔術武道大会
第47話 魔術武道大会(1)
学園寮に帰った僕は、自室に帰るとそのままベッドに身を投げ出した。
「疲れた〜。」
イフリートの試練に駆り出され、終わったと思ったら今度は魔界でシャルロット王女の捜索と救出。
訳もわからないうちに巻き込まれてしまったけど、とても一介の学生が請け負う事件ではなかったな。
あぁ、眠い。
だけど荷物の片付けとかを先にやっとかないと、起きたあとに絶対に後悔する。
僕は疲れた体にムチを打って起き上がると、机に移動して、ショルダーバッグの中身を出していった。
イフリートの試練に旅立つ前は新品のように綺麗だったショルダーバッグは、汚れが目立ち、色んな所が擦り切れていた。
バッグひとつを見ても、厳しい旅だったことが伺える。
水筒、保存食、ちょっとした着替え、トゥラデルにもらった紅玉石、そしてホムンクルスの卵。
「何だ?」
ホムンクルスの卵を手に取った僕は、その変化に驚き、目を見開いた。
ショルダーバッグから出てきたのは、魔界に入る前よりも一回り大きく、赤黒い色に変色し規則的に脈打つ卵だったのだ。
スレート先生が持ち主の魔力を吸収するって言っていたけど、これは僕の魔力を吸収した結果ということだろうか。
今までホムンクルスの卵など見たことが無いから分からないが、随分と禍々しい物に感じる。
「まあいい。スレート先生に会った時にでも聞いてみよう。」
考えても分からない事に、時間を費やすことは無いだろう。今は1秒でも早く片付けで、ベッドに横になってしまいたい。
ショルダーバッグの中身を片付けたら、着替えて大浴場に行こう。さっき寮母さんが、ちょっと早い時間だけどお湯を溜めておいてくれると言っていたから、そろそろ準備ができている頃だろう。
僕は着替えの服をクローゼットから出し、着ていた服のボタンを外した。
かがんだ拍子に金のロザリオが揺れる。
「しまった。また返し忘れてしまった。」
王都が魔物の襲撃を受けたときに、シャルロット王女から身分の証明のために預かってたロザリオだ。
「まさか魔道具だったとは思わなかった。」
今回の魔界への潜入では、最後の切り札として役立った。
ロザリオの中央で光る透明な宝石が魔石なのだろう。
「次にシャルロット王女に会ったた時には返さなければ。」
こんなに貴重なものを、いつまでも預かってはいられない。無くはないように気をつけなければ。
「ロゼライト!ロゼライト!帰ってきたんだって?!」
汚れ物を籠にいれ、新しい服に袖を通した直後、ドアを叩く音とともにルディの声が廊下から聞こえてきた。
きっと僕が帰ってきた事を誰かから聞いたのだろう。
最後にルディの顔を見たのは、イフリートの試練に旅立つ前日だから1週間ぐらい会っていない事となる。
「ルディ、今開けるからちょっと待って。」
僕は鍵を開け、ゆっくりと扉を開いた。
廊下にいたのはルディ、そして水の術士であるレースアだ。
「やっと帰ってきたんだね。魔界に行ったって聞いて心配してたんだ。」
ルディが僕の肩を叩いた。
「大袈裟だな。イフリートの試練から帰ってきたのは知っていたんだろ?魔界に入っていたのはせいぜい半日ぐらいじゃないか。」
僕の言葉を聞いたルディが、何故だか驚いた顔をした。
「ロゼライト君、あなたが魔界に入ってから2ヶ月近くが経ってるわ。」
ルディの後ろからレースアがそう言った。
「2ヶ月だって?!」
そうか。すっかり忘れていたけど、魔界の時間の流れは現世の100倍なんだ。魔界に半日いたと仮定すると、こちらの世界では50日の月日が流れている事となる。
「ロゼライト、今日は6月10日。つまり君が魔界に入ってから48日後だ。」
ルディの言葉で気が遠くなるのを感じた。
魔界に入るときにスレート先生から説明を受けてはいたが、話を聞くのと体験するのでは天と地ほどの差がある。
「何にしろ無事で良かったわ。」
「そうだね。」
ふたりが僕の無事に安堵の溜息を漏らした。
確かに。イフリートの試練にしても、魔界でのシャルロット王女救出にしても、いつ死んでもおかしくはなかった。
大きな怪我もなく、みんな揃って帰ってこれた事だけで喜ぶべき事なのだろう。
「そうだ、ロゼライト。魔術学園では毎年6月末に『魔術武道大会』が開かれるって知ってた?」
魔術武道大会?初めて聞く名前だ。
「この街に住んでいる人は大抵知っているみたいだけど、僕やロゼライトは街の外から来た人間だから、あんまり聞いたことが無いと思う。」
そう言って、ルディはポケットの中に入っていた紙を取り出すと僕に差し出した。
「エントリーするかどうかは自由みたいだけど、上位入賞者は騎士団からスカウトが来たりするんだって。」
僕はルディから募集要項を受け取ると、ざっと目を通す。
「申込み、明日までなの?」
「そうなんだよ。ちょっと急だけど考えてみてってスレート先生が言ってた。」
魔術武道大会・・・か。
僕はふたりが自室に帰るのを見送ったあとに、風呂に入るのを後回しにして募集要項を詳しく読んだ。
――学生同士による一騎打ちの模擬戦
――学生は先生が作成する土の結界を身に纏って戦う
――魔法、または直接攻撃により相手の結界を先に破壊した者を勝利者とする
面白そうではあるが、魔法の威力の乏しい僕に勝てるほど甘いものではないように思える。
僕は右手に魔力を集中した。
――炎よ。
右手に現れたのは、イメージとは程遠い小さく赤い炎。
少しでも体から離れれば、その小さな炎は消えて無くなってしまうだろう。
「魔界では、ちゃんと魔法が使えたんだけどな。」
――剣よ、姿を現せ。
今度は闇の魔法を発動してみた。
掌に出現したのは、一振りの小さなナイフ。
「闇の魔法が使えるようになっただけでも、僕は成長していると考えるべきか。」
どちらにしろ、人を傷つけられるような代物ではない。
「今年は参加見合わせだな。」
少し残念な気もするが、このままでは公衆の面前で恥をさらすことになりかねない。
魔界に行っていた為、エントリーに間に合わなかったことにすれば面目も立つだろう。
そうと決まれば、さっさと風呂に入って寝てしまおう。
体が疲れきっていた。今にも瞼が閉じてしまいそうだ。
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