第46話 魔界潜入(11)

 現世と魔界をつなぐ道、『歪み』。

 魔界に潜入したときと変わらず、空間にポッカリと空いた穴とも亀裂とも取れるそれの前に僕達は戻ってきた。

「さてと、帰ろうか。」

 テレーズ王女が先頭に立ち、歪みの中に身を投じた。

 人が空間に吸い込まれる。

 目撃するのは2回目であるが、なんとも言えない不思議な光景に慣れることはできないのだろうとぼんやりと考えていた。

「ロゼライト君、先に行くよ。」

 シャルロット王女が僕に声をかけて歪に入った。


 ――魔界。


 人々が忌み嫌う魔族の住まわし場所。

 僕は闇の魔法を発動し、長剣を作り出して天に向かって飛ばした。

 長剣は、唸りを上げながら空中を数秒間飛び、何もなかったかのように姿を消した。

「歪みを抜けたら、また劣等生の賢者に戻るのか。」

 僕は現世で強い魔法は発動できない。

 今まで当たり前であったその事実は、魔界という世界を知ってしまった僕にとって、既に当たり前では無くなってしまっていた。

「いや、考えるのはよそう。みんなの待つ現世に帰るんだ。」

 僕は一度だけ魔界を見回した後、振り切るように踵を返し歪みの中に足を運んだ。


 魔界に来たときと同じように歪みを抜け、僕達は王城の宝物庫に戻ってきた。

 魔界で過ごした時間がどれほどかは分からないが、スレート先生の言うように、魔界の時間の流れは現世の100倍遅いのであれば、かなりの日数が経過しているはずだ。

「おお!シャルロット王女、テレーズ王女ご無事で何よりです!」

 歪みを維持していた魔術師だろう。ローブを着た初老の男が興奮した面持ちで、ふたりの王女に声をかけた。

 何となく予想はしていたが、僕に対する労いの言葉はない。

 別に良いけどね。

「シャルロット王女とテレーズ王女がお戻りになったと、カーネリアン王に伝えるのだ。」

 初老の魔術師は衛兵にそう伝え、歪みの周りに設置された魔道具の中の魔石を外しだした。

 どういう原理かは分からないが、魔道具から発せられていた魔力の流れが停止し、徐々に歪みが小さくなっていく。

「デニス、私達が魔界に入ってからどれくらいが経過しましたか?」

 落ち着いた声色でシャルロット王女が訪ねた。これは王女モードだな。

 魔界の時間の経過速度は、現世の100倍遅いと言われている。言い換えれば、魔界に長くいると現世の時間はどんどん経過していってしまう事を意味する。

「大変言いにくいことではありますが・・・。」

 デニスの言葉には緊張がある。

「シャルロット様が魔界に連れ去られてから100年の月日が流れました。」

「100年だって?!」

 僕は驚きのあまり声を上げた!

 100年後といったらあの頃に生活していた人たちは、誰ひとり生きてはいない事になる。

 両親も友達も、出会った様々な人たちも。

 僕は目の前が真っ暗になった。こんな事ならもっとひとつひとつの出来事を楽しみ、出会いを大切にするべきだった。

 僕の頬に意図せず一筋の涙が伝う。

「シャルロット!テレーズ!そしてロゼライト!よく無事に戻った。」

 突然、宝物庫の鉄の扉が開き、興奮した様子で入ってきたのは、あの頃のままの風貌のカーネリアン王とスピネル王妃。

「可愛い娘たちよ。私に無事な姿をしっかりと見せてくれ。」

 あれ?

 100年が経ったって?

 僕は横に控えているデニスの顔を覗き込んだ。

「あれは冗談です。」

 真顔で答える王宮魔術師のデニス。

 こころなしか頬のあたりが痙攣し、笑いを堪えているように見える。

 て、てめぇ。

「ロゼライトさん!」

 僕がデニスを殴ってしまおうかと本気で思った直後、カーネリアン王とスピネル王妃の後ろから、顔を出したのは銀髪の王女フローだった。

 ほんの数日しか離れていなかったというのに、とても懐かしい気がして、心が温かくなったような気がする。

「無事で良かった。王都に戻ったら、ロゼライトさんは魔界に入ったと聞かされて、心配していたんです。」

 僕の顔を見るなり走り寄ると、周りの目も気にせず僕に抱きつくフロー。

 突然の事に、僕はどう対応すればいいか困惑してしまう。

「すまんなロゼライト。テレーズと同様にフローレンスも飽きるまで付き合ってやってくれ。」

 僕の慌てふためく様を、テレーズ王女は心底楽しそうに眺めている。

 どうせだったら、助け舟のひとつでも出してくれればいいのに・・・。

 僕はテレーズ王女に非難の眼差しを向けた。

「そういえば、お父様。」

 一連の流れを見ていたシャルロット王女が、何か大事なことを思い出したかのようにカーネリアン王に向かって口を開いた。

「報告したいことがあります。」

 そうだ。

 こんな事を話している暇などない。

 魔界での出来事、特にグランデールの脅威が去った事をカーネリアン王に報告しなければならない。

 宝物庫に集まったカーネリアン王、スピネル王妃、フロー、そして帰還を聞きつけて駆けつけてきたであろう大臣達は、シャルロット王女の次の言葉を緊張の面持ちで待った。

 何故シャルロット王女は拐われたのか?

 魔界で何があったのか?

 グランデールの思惑とは?

 シャルロット王女救出の為に魔界へ潜入した僕たちでさえ、戦いに必死で事の真実を知らずにいた。

 今回の騒動の真実とはいったい。

「父上、私シャルロットは・・・。」

 ゴクリと唾を飲み込む音が耳に伝わった。

 誰もがシャルロット王女の次の言葉を聞き逃さない様に集中していた。

「ロゼライト君と愛を誓い合いました。きゃ!恥ずかしいですわ。」

 報告って、それかい!

 集まった皆の視線が僕に集まる。

「ロ、ロゼライトさん。それって本当ですか?」

 フローが驚いて僕を見上げた。

「ロゼライト!我が娘に何をしたというのだ?!」

「まあまあ、若い人を無理に抑圧しても反発するだけですし・・・。」

「おぉ!スピネル王妃が珍しく声を出した!」

 一斉に話しだしたので、宝物庫は大騒ぎだ。

「あっはっはっは。ロゼライトの将来は安泰だな。」

 テレーズ王女は助けてくれようともせずに、腹を抱えて笑っている。

 ち、違う!

 誤解だ!

 シャルロット王女の陰謀だ!

 一斉に詰め寄ってくる一行には、僕の言葉に耳を貸す素振りなど全く無かった。

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