第45話 魔界潜入(10)

 いったいどれくらいの時間、気を失っていたのだろうか。

 昼なお暗い魔界の空の下、目を覚ました僕の前にはシャルロット王女の整った顔があった。

「あ、ロゼライト君おはよー。」

 僕の視界の下の方にシャルロット王女の頭が、視界の上の方に顎がある。

 上下が反転している?

「私がロゼライト君の寝顔を見てたって事は、出会ったときの反対だね。」

 王女モードではない、無邪気なシャルロット王女だ。

 きっとこちらが本当のシャルロット王女で、国民の前で見せる『女神の化身』の姿は演じているのだろうと、漠然と考える。

「私を助けに来たんだって?ありがとう。嬉しかったよ。」

 シャルロット王女が僕の髪を撫でた。

 あぁ、心地良い。こんな事されるのは何年ぶりだろう。

 きっと、小さい頃に母親に撫でてもらったのが最後だろう。

 髪を撫でられる。

 小さい頃は当たり前だった行為が、年齢と共に当たり前ではなくなってしまう。

 でも本当は、人は常に安らぎを求め、誰かに守ってもらいたいのかもしれない。

 シャルロット王女が僕の額に軽くキスをした。

 幸せな時間。

 これは夢だろうか。夢ならば覚めないでほしいと本気で願ってしまう。

 消費した魔力は随分と回復してきているようだ。

 刈り取られるように遠のいでいった意識も、しっかりと保てるようになってきた。

 ・・・。

 ・・・・・・。

 って、これはどういう状況?!

 目の前にシャルロット王女がいて、頭を撫でてもらってる?

 というか僕はなにに頭を乗せてるんだ?

 膝?

 これ膝ですよね?シャルロット王女の!

 それと、さっきされたのは・・・。

 キ、キ、キ、キス?!

 いやいやいやいや、ありえないって。

 我に返った僕の顔が、耳が、首がどんどん火照っていくのが分かる。

「ロゼライト君、真っ赤になっちゃって可愛い〜。」

 口に手を当て、いたずらっ子のように笑うシャルロット王女。

「じゃあ、お姉さんがもっと良い事しちゃおっかな〜。」

 そう言って顔を近づけてくるシャルロット王女。

 ちょっと待って、あなたキャラ変わっちゃってますよね?

「いつまでくだらない事をやってる。」

 急に聞こえてきた少し低めの落ち着いた声。

 僕はシャルロット王女の膝から急いで起きると、声の主の方を向いた。

 シャルロット王女の不満そうな顔が横目で見えたが、そんな事は気にしないことにした。

「テレーズ王女!良かった無事だったんですね。」

 シャルロット王女の救出に急ぐ必要があった為、丘の中腹で魔族の襲撃を受けたときに、ひとり残ってくれたのだ。

「ずっとテレーズ王女が心配で、仕方がなかったんですよ。」

 僕は立ち上がり、テレーズ王女の瞳を見た。

 テレーズ王女が眉間に手を当てる。

「さっきまでシャルロットといい雰囲気だったお前がそれを言うか?」

 テレーズ王女は少しだけご立腹なようだ。魔族の中に置いていかれたのだから、それも仕方がない事だろう。

「テレーズ姉さん、ロゼライト君が助けに来てくれたんですよ!」

「知っている。というか私も一緒に来た。」

「これはやはり愛の力と言っても過言では無いですね。」

「だから、私も一緒に来たってば。」

 シャルロット王女は自分の世界に入ってしまい、テレーズ王女の声を全く聞いていない。

「はぁ。もういいや。ふたりとも王都に帰るぞ。」

 そう言うと、スタスタとひとりで丘を下っていくテレーズ王女。

「テレーズ姉さん、待ってよー。」

 シャルロット王女はそう言うと僕の手を取って、丘を駆けだした。

「シャルロット王女、危ないですって!手を話してください。」

 楽しそうに笑いながら走るシャルロット王女。

 テレーズ王女は先に行くかと思いきや、丘の中腹あたりで腰に手をあてて、こちらの様子を見ている。

 その表情は、一見呆れているようにも見えるが、危なっかしい子供を見守る母親のようでもあった。

 テレーズ王女に対して『母親』は失礼か・・・。

「そういえばロゼライト。」

 走りながらこちらを向き、シャルロット王女が口を開いた。

「私の事はシャルって呼んで良いからね。」

 はい?

「私をシャルと呼ぶのは、お父様とお母様のみ。」

 走っているからなのか、それとも別の要因か、シャルロット王女が息を切らせながら話を続ける。

「言うなれば、特に親しい親族。もしくは将来の旦那様。いやん、恥ずかしい。」

 いやいや重いって!

 僕達は丘の中腹でテレーズ王女に落ち着いた。

「テレーズ姉さん聞いてください。私達、愛を誓い合ったんです。」

 誓い合ってないし!

 僕の腕に抱きつきながらとんでもない事を言うシャルロット王女と、それを冷ややかな目で見るテレーズ王女の温度差が凄い。

「ち、違うんです。シャルロット王女が勝手に・・・。」

「シャルって呼ぶように言ったよね。」

 シャルロット王女が間髪入れずに言葉を遮る。

「いくらロゼライトが相手でも、いきなり花婿を連れ帰ったらお父様が卒倒するぞ。」

 テレーズ王女は呆れ顔だ。

「そうね、困ったわ。じゃあロゼライトは私専属の騎士になるってのはどう?」

 どうって言われても・・・。

 僕は救いを求めて、テレーズ王女を見た。

「しょうがない。シャルロットが飽きるまで付き合ってやってくれ。」

 溜息と共にテレーズ王女が僕に言う。

「ちょっと、テレーズ姉さん。私のナイトに勝手に話しかけないでもらえる。」

 そしてテレーズ王女と僕の間に、シャルロット王女が強引に割って入ってきた。

「じゃあ早く人間界に戻りましょ!」

 シャルロット王女はそう言うと、僕とテレーズ王女の手を引いて走り出した。

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