第40話 魔界潜入(5)

 足元が崩れ、地面の下にあった空洞に落下したにも関わらず、僕は大きな怪我をすることはなかった。

 それは崩れ落ちた先に開いた滑らかな岩肌を持つ洞窟が、滑り台のように僕を滑走させたからだ。

 地中深くに向かって伸びるその洞窟は粘液のような物に覆われ、落ちた者をある一定の場所へと連れて行く役目を担っているようだ。

 これは巣だ。

 直感がそう教えたくれた。

 僕は何とかして岩肌にしがみつけないかと手を伸ばし、暗闇の中で何かを掴もうとしたが、自然物とは思えないような岩肌に阻まれ、その行為は徒労に終わった。

 掴むどころか、指を引っ掛ける場所をさえ見つからないのだ。

 滑り落ちる速度はぐんぐん上がり、その速度は洞窟の終点が柔らかい場所でなかったら、ぶつかった衝撃で体がバラバラになってしまうのではないかと思うほどだ。

 滑り台の先、随分と向こうに小さく光が見えた。洞窟の終点が近いということだろうか?

 僕は仰向けになり、足を下方向に向け、着地に備えた。

 この先がどうなっているか予想もできないが、受け身などの対処をしなければ五体満足でいられないことは容易に予想できたからだ。

 洞窟を抜けると急に地面が無くなり、明るく大きな空間に放り出された。

 胃が浮かび上がるような感覚に襲われ、自分が落下しているのだと自覚する。

 このままではまずい!何とかして着地しなければ!

 僕は手足を動かし何とか体勢を整えようと努力をしたが、体勢が整う前に地面に到着する事となってしまった。

「何だ、これは?!」

 感じたことのない感触に僕は困惑した。

 地面、いやフカフカの何かが僕の体を包み込むようにして衝撃を和らげてくれたのだ。

 おかげでかなりの速度で飛ばされたというのに、体に痛みを感じる所はない。

「とりあえず、ここを抜け出ないと。」

 僕はフカフカの何かから移動しようと、右手を伸ばし体を支えた。

 しかし、いざ右手に体重をかけようとすると、右手も体と同様にフカフカの何かの中に沈み込んでしまう。左手も同じだった。

「さっきより体が沈んでないか?」

 先程は腰ぐらいの高さであったはずのフカフカの何かは、既に胸ぐらいの高さまで上がってきている。つまり僕の体は沈み続けているようだ。

「まずい!早くなんとかしないと。」

 僕は左右の手で地面を掻くが、もがけばもがくほど沈む速度は速くなり、ついには頭の上までフカフカの何かに埋もれてしまった。

 パニックになるのを必死に堪え、僕は必死に考えを巡らせた。

 幸いな事に呼吸はできる。

 窒息するという危険は無いようだが、どこに危険が隠れているかわからない世界だ。早めに身の安全を確保するに越したことはない。

 突然、沈む速度が上がった。

「うわぁ!」

 思わず情けない声を上げてしまった。誰かが近くにいなくて、本当に良かったと思う。

 どんどんと体が沈む。いや、これは落ちているんだ。

 フカフカの何かの下はさらに空洞になっていたのだ。

 突然、視界が開けた。

 眼下に迫る地面まであと数メートル。

 僕は猫のように体をひねると、見事に・・・着地に失敗して腰を打ち付けた。

「いててててててて。」

 そりゃそうだ。人間である僕に猫と同じような芸当ができるわけがない。かなりの衝撃が全身を襲ったが、動けないほどではないのが幸いだ。

 不思議な空間だった。

 ヒカリゴケの一種だろうか?苔がびっしりと生えた壁全体が淡い光を放っている。

 地面は柔らかく、湿っていた。

「菌糸か?」

 腐葉土のような地面に触ってみると、外気より遥かに温かく少し粘り気があった。

 上を見ると、僕を受け止めてくれたフカフカの何かが見えた。フカフカの何かは枝の全く無い巨木に続いている。

「これは、キノコなのか?!」

 信じられない事に、巨木だと思ったのはとてつもなく巨大なキノコだった。

 よく見ると、至る所に大小さまざまなキノコが生えている。

 きっと僕が滑り落ちてきた洞窟も、菌糸で覆われていたからあそこまでよく滑ったのだろう。

 何故こんな空間ができたのだろうか?自然にできたとは考えづらい。

 僕は周囲を歩き、キノコと苔を観察した。

 この空間にはいくつかの洞窟が繋がっているようだったが、どの洞窟にもヒカリゴケは生息しておらず、闇に包まれている。

 つまり、何らかの意図があって、ヒカリゴケがここに集められている可能性が高い。

 いくら考えてもひとつの答えにしかたどり着けない。

 それは「キノコを何者かが植えた」ということだ。

 信じられない事ではあったが、種類や植えられている場所が限定されている事から、そう考えることが自然だ。

 その時、何かが動く音がした。

 僕はとっさにキノコの影に隠れた。こんな状況だ。何が出てきてもおかしくはない。

 複数の場所から音が聞こえる。どうやら音の主は一体ではないようだ。

 僕は腰に手をやる。

 しかし、そこに存在するはずの魔剣に触れることはできなかった。

「魔剣はレッサーデーモンに刺さったままか。」

 僕は愕然とした。

 魔剣が無いということは、この状況を丸腰で切り抜けなければならないという事なのだ。

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