第41話 魔界潜入(6)
大きなキノコに背を預け、僕はあたりを注意深く見回した。
ヒカリゴケで覆われたキノコ農場のような空間には、いくつかの洞窟が確認できる。
そして、その洞窟のからはカサカサという物音が微かに聞こえてくるのだ。
まずい!何かが出てきた。
僕は咄嗟に立ち位置を変え、キノコの影に入る。
「蟻・・・か?」
洞窟から出てきたのは、体長30センチはあろうかという大きな蟻。その口には小さな生き物の脚を咥えている。
目が良くないのか、その蟻はしきりに触覚を動かして辺りを警戒している。
耳は聞こえるのだろうか?
僕は足元に落ちている小石を拾い上げ、蟻から数メートル離れた地点に放った。
小石が落下すると同時に落下地点に顔を向かせ、警戒する蟻。どうやら耳は良いらしい。
続けざまにいくつかの小石を放る。落下地点が蟻から少しずつ離れるように・・・。
蟻は落下した小石を確認するために、徐々に僕から離れていく。
「好奇心は旺盛・・・か。」
僕は蟻が充分離れたのを確認すると、壁のヒカリゴケをむしり取り、蟻が出てきた洞窟に走り込んだ。
さっきの蟻が持っていたのが、外から持ってきた何らかの生物の脚なのであれば、この洞窟が外に通じている可能性が高いと思ったからだ。
洞窟は狭く、屈んでいないと進めないほどだ。
光源であるヒカリゴケは心許なく、辺りを照らすには不十分だった。
それでも、徐々に上へ上へと続く洞窟は、僕に希望の光を見せた。
ここはダンジョンではない、生き物の巣なのだ。
侵入者を陥れる為の罠も無ければ、迷わす回廊もない。
棲む物の利便性を考えれば、最短ルートで地上に出る道があることは必然。
カサカサカサカサ・・・。
蟻の足音が聞こえる。
まずいな。この狭い空間で襲われたら、ひとたまりもない。
僕はいくつもある小部屋のうち、比較的大きめの部屋を選び、中に入った。
「ここは・・・食料庫か?」
ヒカリゴケに照らされた室内には、良くわからない生物の脚や羽などが所狭しと積み上げられていた。
カサカサ・・・。
足音だ!
近いぞ!洞窟からではない、この室内からだ。
ヒカリゴケで辺りを見回すが、死角が多く蟻を発見することができない。
洞窟に戻るか?
いや。今戻っても、洞窟内で聞こえた足音の主と鉢合わせになる可能性が高い。
ここで戦うしかない!
僕は自分の周囲にヒカリゴケを撒くと、肩幅に足を開き、体重を親指の付け根に乗せ、踵を少しだけ浮かした。
蟻はどの方向から襲ってくるか分からない。
意識を研ぎ澄まし、全方向に注意を巡らす。
シューーー。
なんの音だ?
僕は右後方から聞こえた音に素早く反応し、向きを変えると後方にバックステップした。
「熱っ!」
右腕に何かがかかった。
危なかった。バックステップをするのが少しでも遅れたら、蟻が噴出した何かを全身に浴びていただろう。
腕からは少し酸っぱい臭いがする。
・・・蟻酸か?
とは言え、これで相手の姿は視認できた。
僕は素早く間合いを詰め、無防備にこちらを向いた腹部を思いっきり蹴り上げた。
壁にぶつかり、白い液体を垂れ流して動かなくなる蟻。どうやら一匹一匹はそれほど驚異ではないようだ。
カサカサカサカサ。
嫌な音が近づいてくる。
今の音で集まってきたのか、小部屋の入り口には無数の蟻の姿があった。
「くそっ!やるしかないのか!」
僕は足元に転がっているこぶし大の石を拾い、蟻に投げつけた。
一匹の蟻の頭に命中する。しかし、それほど効果は無いように見える。
「頭じゃダメだ。柔らかい腹に攻撃しないと。」
僕は蟻の側面に移動して、何とか腹部を攻撃しようとするが、蟻もそこまで馬鹿じゃない。僕が移動すれば、それに合わせて頭をこちらに向けてしまう。
そうこうしているうちに、小部屋の入り口は蟻で溢れかえってしまった。
「炎よ!」
右手に魔力を集めてみたが、やはり発生するのは黒い煙だけだ。
くそっ、どうすれば良いんだ?!
蟻はどんどん増えていき、入口付近を覆い尽くすまでになっていた。
「何かないのか?!」
鞄の中を漁るが、めぼしいものなど入ってはいない。
――お前は本当に闇の魔法を使うことができないのか?
テレーズ王女の声が頭の中に響く。
あぁ、そうだよ!
ただでさえ魔力が弱い賢者なのに、2種類の魔法しか使えない。
――魔界は四大精霊の力が極端に弱くなる。
じゃあ、何で僕なんかを連れてきたんだ。
闇の魔法が使えなきゃ、何もできないじゃないか!
――加護精霊の力も弱くなるから、
――消費される魔力も殆ど無くなり、
――ロゼライトの魔力は闇の加護精霊に・・・。
何だ?
テレーズ王女は何を言おうとしていた?
――魔法というのはイメージ力だ。
闇の魔法のイメージ?
そうだ。テレーズ王女のおかげで、僕はもう頭に描くことができるじゃないか。
できるかもしれない。
いや、やらなきゃならない!
僕は目を閉じた。
敵前で目を閉じるなんて自殺行為だが、そんな事は言ってられない。頭の中を空っぽにするんだ!
素材は、闇の魔力を通しやすい紫影綱がいい。
剣身は、1メートル。
少し反り返り、片刃の剣。
もしも作り出せなかったら・・・。
いや、考えるな!
集中!
集中!
集中!
僕は目を開けた。
「闇の刃よ、僕の手の中に姿を表せ!」
風が巻き起こる。
違う!僕の手の中に闇が収束していっているんだ。
右手に魔力が流れ込むのが分かる。
火と土の加護精霊に消費されていない純粋な僕の魔力だ。
そして、僕の手の中に音もなく姿を表したのは、闇のような黒い剣身をした刃渡り1メートルの片刃の剣だった。
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