第39話 魔界潜入(4)
耳を突くような咆哮があたりに響き渡った。
空気が震え、心臓が握り潰されるような感覚に襲われる。
「ロゼライト、気をつけろ!咆哮に闇の魔力が込められているぞ。心を強く持ち、恐怖に対抗するんだ!」
テレーズ王女が自身の周りに剣を創造しながら僕に叫んだ。「心を強く持ち、恐怖に対抗する」などという怪しい宣教師のような台詞、テレーズ王女以外の人に言われたら素直に耳を貸す事はできなかっただろう。
ここは魔界だ。テレーズ王女の言うような心の持ち方が、魔界という環境に適応する唯一の手段なのだ。
「魔法というのはイメージ力だ。小さい頃から鍛冶に触れてきたロゼライトは、私なんかより・・・。」
テレーズ王女の話の途中に、目の前に立ちはだかる魔族、レッサーデーモンの攻撃が僕達の立っていた地面を抉った。
左右に飛び退いて躱すテレーズ王女と僕。
どうやら、ゆっくりと話をしている暇は無さそうだ。
「剣よ。」
着地と同時に『力ある言葉』を発したテレーズ王女の剣が数本、唸りを上げながら飛んでいった。そのうちの何本かが浮遊しながらこちらをかもの観察をしていたレッサーデーモンに突き刺さる。
堪らずうめき声を上げながら落下する、レッサーデーモン。
とどめを刺さなければ!
僕は落下地点に走った。着地する前に斬りつけなければ、体勢を整えられてしまい、厄介なことになるかもしれないからだ。
「待て!ロゼライト!」
後ろからテレーズ王女の声が聞こえてきたが、レッサーデーモンはもう目と鼻の先だ。ここで止まるわけにはいかない。
僕は魔剣を左側方に振りかぶり、魔力を発動させた。
魔剣の剣身が炎を纏う。案の定、魔界であっても魔石に事前に込めておいた魔法は問題なく発動する。
鋭く息を吐きながら、真横に剣を振るう。魔剣は炎を纏いながら逆さになって落下してくるレッサーデーモンの腹に深い傷を刻み込んだ。
手応えは十分!
あとは右手を振り抜けば・・・。
直後、レッサーデーモンの目が鋭く光った。
まずい!
僕は顔の前で両手をクロスさせた。レッサーデーモンの腹から魔剣を抜いている時間はない。
直後に両手に襲ってくる衝撃。着地と同時にレッサーデーモンが僕に蹴りを放ったのだ。
10メートルぐらいは飛ばされたか。
両腕に痺れと痛みはあるが、辛うじて骨折はしていないようだ。
「ロゼライト、下がれ!」
テレーズ王女の言葉の直後に、レッサーデーモンに襲いかかる数本の剣。しかし、精彩は欠いているものの、レッサーデーモンの息の根を止めるまでには至っていない。
レッサーデーモンが僕の方を見た。
どうやら丸腰の僕に狙いを定めたようだ。
テレーズ王女がこちらに走ってくるのが見えるが、このタイミングだと間に合いそうもない。
肩幅に足を開き、少しだけ前後にずらす。体重を親指の付け根に載せ、体勢はやや前傾。
脇を締め、両手の拳は顎の下。
肩の力を抜き、軽く拳を握る。
レッサーデーモンに体術は通用するのだろうか?いや、テレーズ王女の魔法の準備が整うぐらいの時間はもたせてみせる。
一気に間合いを詰めてきたレッサーデーモンが右手の爪を振るう。
目をつぶるな!恐怖に打ち勝つんだ!
僕は自分に言い聞かせて、目を見開く。王都の時の戦いのような醜態を晒すのは二度とごめんだ。
案の定、レッサーデーモンの攻撃は理論など度外視の大振りだ。いくら攻撃が速く強力でも、このような攻撃であれば、カウンターを取るのは容易い。
爪の攻撃をギリギリまで待ち、左足を外側に移動させながらヘッドスリップして躱す。
同時に右手を握り込み、体を捻ってレッサーデーモンの長い顎に叩き込んだ。
カウンターは相手の力を利用した打撃技だ。さすがのレッサーデーモンも自らの力の反動には耐えきらず蹈鞴を踏んだ。
テレーズ王女の魔法はまだ発動していない。
僕は打ち込んだ拳を引きながら、今度は右足に体重を移動してレッサーデーモンの右脇腹に左フック、そして回転しながら同位置に右の後ろ廻し蹴りのコンビネーションを叩き込んだ。
左手と右足に、レッサーデーモンの骨が折れる嫌な感触が伝わってきた。どうやら骨格は魔族といえども他の生物のそれと変わりがないらしい。
膝を突くレッサーデーモン。
とどめだ!
僕は両手に、ありったけの魔力を込めた。
「炎よ!」
しかし両手からは「プスッ」と音がして、小さな黒煙が立ち上がっただけだった。
しまった!
ここでは火の魔法は使えないんだった!
レッサーデーモンが厭らしく笑った。
目の前でレッサーデーモンが全身に力を込め、口を開ける。
まずい!この至近距離で咆哮が来るっ!
両手を顔の前でクロスして全身に力を込めた。しかしレッサーデーモンの咆哮に対して、どれほどの効果があるというのか?!
「剣よ!」
しかし、レッサーデーモンの咆哮が放たれることは無かった。
間一髪、テレーズ王女の放った剣がレッサーデーモンの頭部を串刺しにしたのだ。
「危なかったな、ロゼライト。」
テレーズ王女が駆け寄ってきた。
「ありがとうございます。」
危なかった。もしも「テレーズ王女の魔法が間に合わなかったら・・・。」そう考えると、身の毛がよだった。
「しかし、ロゼライト・・・。」
そこまで言うと、テレーズ王女は急に吹き出し、最後には周りも気にせずに大きな声で笑った。
「デーモン相手に素手で殴りかかるとはな。さすがに私でもそんな事はやらないぞ。」
テレーズ王女が目に溜まった涙を指先で拭きとる。
「そうは言っても丸腰でしたからね。僕だって好きでやったんじゃ・・・。」
そこまで言った僕は、地面の急な揺れを感じ口を噤んだ。
何だ?もしかして地震?それとも襲撃?
突然、僕の足元が崩れ落ちた。
しまった!地中に空洞があったのか?!
「掴まれ!」
必死に手を伸ばすテレーズ王女と僕。しかし、ふたりの手は虚しく空を掴むばかりた。
「ロゼライトー!!」
テレーズ王女の叫び声を聞きながら、僕は瓦礫と一緒に地中の穴に落ち、そのまま洞窟を滑り落ちていった。
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