王都襲撃

第19話 王都襲撃(1)

 壁画の間から帰還した僕とフローは、慌てふためく先生たちに無事であることを知らせると、スレート先生のいる実験棟で壁画の間についての報告をした。

 相変わらずブツブツと言って、誰と話しているのか分からないスレート先生であったが、壁画については興味深々で、僕達の事などそっちのけで、早々に自室に籠もってしまった。

 スレート先生からの調査結果を待つことにした僕とフローであったが、未だスレート先生からは何の音沙汰もない。

 そして、今日は休日。

 先週は何も依頼を受けなかったが、今日はまだまだ時間があるので、僕はルディとレースアを誘って冒険者ギルドに来ていた。

「今日は仕事していくんだろうな?坊っちゃん。」

 カウンター越しにニヤニヤと楽しそうに話しかけてくるのは、冒険者ギルドのギルマスであるベイルだ。

 ベイルは先日のテスト以来、僕のことを「坊っちゃん」と呼ぶ。

 くそっ、いつか実力を認めさせてやる。

 ベイルが首を捻りながら、古びた木製のカウンターに並べられた依頼書はふたつ。


 薬草採取。10株毎に銅貨1枚。

 噴水広場の清掃。3時間で銀貨2枚。


 こないだ見た依頼と、それほど変わらない内容だ。きっと採算が悪く、人気の無いものなのだろう。

「せっかくだから、街の外に出る仕事にしようよ。」

 レースアが、薬草採取のクエストを指して言った。

 確かにごみ拾いよりは、多少やりがいがあるかもしれない。ルディも異論は無さそうだ。

「じゃあ、薬草探しの依頼を。」

 ベイルにそう告げて、手続きを済ませると、僕達は早速、薬草を探しに街の外に出た。

 簡単な依頼であるが、街の外に出るのであれば、全員が武器を所持して受ける決まりがある。

 王都周辺の治安は良いとはいえ、何が出るか分からないのが正直なところなのだ。

 僕は自分の腰に差した剣を見た。

 柄頭に組み込まれた魔石が、赤く光を帯びている。昨晩のうちに魔力を込めておいたので、数回であれば魔剣として使用できるように準備してきたのだ。

 魔剣の出力は魔石の性能に依存する為、たとえ僕の魔力が弱くても魔剣は十分な威力を発揮できる。術者の魔力が弱いと、魔石に魔力を充填するのに時間がかかってしまうのは言うまでもないが。

「さてと、頑張って集めますか。」

 王都の北側にある森についた僕達は、それぞれ薬草を集めだした。

 王都周辺にあるとはいえ、この森はかなり大きい。

 森を進むと大きな山脈に繋がっており、今回の目当てである薬草は元より、山菜や清水など様々な恩恵を受けることができる。

 また、森の中の空気は、平地でのそれとは全く違う物となる。様々な小鳥の囀りや虫の声、木々を薙ぐ風の音。耳をすませば、閑静な中にも様々な音を見つけることができる。

「ところでさぁ。」

 薬草集めを開始してすぐ、レースアが口を開いた。

「薬草ってどんなの?」

「知らないで、受けたんか?!」

 僕とルディの声が見事にハモった。

「いやぁ、王都育ちなもんで、薬になった後の姿しか見たこと無いんだよね。」

 レースアが頭を掻きながら言った。


「なかなか集まらないもんだね。」

 森の中、一周歩いたら1時間はかかりそうな湖畔の辺りに、僕達は腰を下ろしていた。

 僕は集めた薬草の数を数えた。

 ざっと数えて100株ぐらいか。ルディの言うとおり、大した数ではない。

 採取を始めて3時間は経過している。この数を持ち帰っても銅貨10枚、つまり銀貨1枚程度の稼ぎにしかならない。

「レストランで食事したら、一人分ぐらいにしかならないね。働くって大変だね。」

 そう言って、レースアは湖畔に横になった。

 午後の暖かい日差しが気持ちよく、気を抜いたら眠ってしまいそうだ。

 ルディと僕はレースアを挟んで左右に座った。

「静かだね。」

 湖畔には風が葉を薙ぐ音以外、耳に入ってくる音はない。

 太陽の位置から推測すると、だいたい3時頃だろう。

 そろそろ帰って、稼いだお金でスイーツでも食べに行っても良いかもしれない。もちろん、3人分には全然足りない金額であるが。

 もう少し太陽が傾けば、虫たちの合唱が始まる時間だ。

「ロゼライト、ねぇロゼライトってば。」

 いつの間にか、うとうとしてしまっていたらしい。ルディに肩を揺らされて気がついた。

「ちょっと静かすぎないか?」

 ルディの、言葉に僕はハッとなり辺りを見回した。

 風が薙ぐ音以外何もしない。

 鳥の囀りも、虫の声も全く聞こえなかった。

「レースア、起きるんだ!」

 僕は眠っていたレースアを叩き起こした。

 いくら何でも静かすぎる。明らかに異常事態だ。

 自体が把握できていないレースアを挟んで、僕とルディは背中合わせとなり、辺りを警戒する。

 一陣の風が吹き抜けた。

 緊張が高まる。

「あ、あそこ!」

 レースアが指差した森の木々の間を見て、僕は目を疑った。

 小さな体には不釣り合いな大きさの顔。赤い色のまん丸い目。曲がった鷲鼻に牙の見え隠れする大きな口。

 異形な姿をしたその者は、ボロボロな服を身にまとい、手には錆びた短剣を持ってこちらの様子を伺っていた。

「ゴブリンだ。」

 ルディが呟いた。

「そんな!魔物は正騎士団が殲滅したはずでしょ?!」

 レースアの問に答えられる者はいない。

 ゴブリンというのは、単体では臆病で弱い生き物だ。しかし厄介なことに群れで行動し、集団で襲いかかってくる。

 案の定、最初に現れたゴブリンの後方から、ガサガサと音を立てながら無数のゴブリン達が姿を表す。

 その数、ざっと百匹。

 しかし、異変はそれだけでは無かった。

 森の木々から次々と飛び出したのは、蝙蝠の羽のようなものを生やした人型の魔物。

「デーモンだ。」

 教科書でしか見たことのなかった存在が、僕達を囲い、襲いかかってこようとしていた。

 言語を扱ってはおらず、知能は低そうだ。きっと下級魔族なのだろう。

 しかし、それでも驚異には違いない。

 絶望的だ。

 覚悟を決めなければならない。そう思って僕は腰の剣を抜いた。

「ロゼライト、あそこ!」

 ルディが指差す方向に目をやると、一際大きいデーモンが一体。

 ひと目で別の奴とは違うと分かる。

 そいつが一声鳴いた。

 その声を皮切りに、デーモンの集団が一斉に移動を始めた。

 いや、デーモンだけではない、ゴブリンが、そしてよく見るとコボルトやオークと言った魔物たちも同じ方向に移動を始める。

 その方向は・・・。

「王都だ。」

 奴らの目的地は王都に違いない。

「大変だ!早く騎士団に知らせなくちゃ。」

 走り出す僕の袖をレースアが掴む。

 僕は何事かとレースアを見た。

「もう間に合わないよ。今から行ったら私達まで・・・。」

 涙目になりながら僕の袖を両手で掴むレースア。もちろん言いたいことは分かる。

 それでも僕は静止を切って走り出した。

 行かなくちゃいけない。

 だって僕はフローの護衛なのだから。

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