第20話 王都襲撃(2)
王都についた僕は、その有様に目を疑った。
森で見たよりも遥かに多い魔物達が、城門に押し寄せていたからだ。
幸い発見が早かったのだろう。城門が破られる事態には陷っていないようだ。
しかし翼を持った魔物たちは、城壁を飛び越え、場内に侵入しているだろう。
街の様子が気になるが、まずは城壁に群がる奴らの間を抜ける事に集中しなければ。
僕は腰の剣を抜いて右手に持つと、魔物の群れに切り込んだ。
衛兵との争いに集中していた魔物たちは、後方からの僕の攻撃には全くの無力だった。
僕が最初に標的にしたのは、一番後ろで短剣を高々と掲げているゴブリンだ。
目前で行われている騎士団と仲間達の戦闘に気を取られ、後ろへの注意が疎かになっている。
僕は剣を握りしめると、素早く間合いを詰め、ゴブリンの首筋を目掛けて剣を振った。
右手に肉を切り裂く嫌な感触が伝わってきた。
「さすがに切り落とすことはできないか。」
僕の剣は首の半分ほどまで食い込み、そこで止まっていた。もう少し切れ味の良いものならば首を切り落とす事もできただろうが、この剣では頸椎を切断することは叶わなかったようだ。
ゴブリンはうめき声を上げながら、地面に倒れた。
その音で数匹のゴブリン達が、こちらを振り返る。
ゴブリンの緑の丸い目が、こちらを見て、ニヤリと笑った。
仲間を殺されたことは、意に返さないのか?さすが魔物と言うべきか。殺戮の欲求が悲しみを凌駕するようだ。
「反吐が出そうだ。」
僕はそう呟くと、倒れたゴブリンの首から剣を引き抜いた。首から吹き出た血が紫色に地面を濡らす。
僕に狙いを定めたゴブリンは3匹。短剣、斧と違いはあるものの、それぞれが錆びた武器を持ち、ボロ布のような服を身に纏っている。
警戒をしているのか、ゆっくりと間合いを詰めてくるゴブリン。
僕は右手に持った剣を中段に構え、息を整えた。
左手の手の中には、さっき拾った小石が入っている。数は3つ。
意識をゴブリンに向けつつ、小石を持った左手に魔力を集中させる。
「重力操作。」
僕は言葉と共に、小石を真ん中のゴブリンに向かって投げる。どの石も微妙にゴブリンに当たらないようにコントロールして。
重力操作。
土の精霊の代表的な魔法の1つだ。
自分の触れている物質の重力を操作して、任意の方向に『落とす』魔法。
落とす方向を空中に向ければ、物質を空中に留まらせることもでき、その力を応用すれば、自分に影響する重力を操作して空を飛ぶことも可能。
魔力の小さい僕は、自分を持ち上げるほどの力は出せないが、小石程度であれば扱うことができる。
そして、この魔法は自分の手から離れた後も、1秒程度であれば指示された方向に重力を与え続ける。
僕の手を離れた小石は、勢いはそのまま、すぐに軌道を変えた。ゴブリンの頭に向かって。
3方向から飛んでくる小石。
ゴブリン程度に避けられるはずはない。
小石を投げた直後、僕は右側のゴブリンに向かって走り出す。
右手で振りあげられた斧を確認した僕は、相手の左側に回り込んで無効化する。もちろん、ついでに左手を切り落とすことは忘れない。
たまらず数歩後退るゴブリン。
この機を逃さず追撃を加えるため、右足を踏ん張る。ヒラメ筋が悲鳴を上げそうだ。
体を低くしてゴブリンの懐に飛び込み、左手に持ち替えた剣で斜め上に切り上げたのは、真ん中のゴブリンが顔の血を拭った直後だった。
残り2匹。
当たった小石は2個か。
1つ避けるとは、なかなか反射神経が良いゴブリンみたいだ。
しかし時間はかけられない。
城門を攻めていたコボルトが数匹、こちらの様子を伺っている。隙を見せたら襲いかかってくるつもりだろう。
2匹同時に倒す。
そう決めた僕は、危険を承知で2匹の間に飛び込んだ。
敵の真ん中に飛び込む。通常であれば愚の骨頂と言われても仕方のない行為だ。
しかし、時間をかければコボルト達が僕を囲んでしまうだろう。
それはゴブリン2匹を相手にするよりも、遥かに悪い状況に陥ることを意味している。
短い鳴き声と共に、右側のゴブリンが短剣を振り下ろす。
左側にサイドステップしながら、もう一方のゴブリンにショルダータックルをかまし、ついでに右足で腹部を蹴り上げる。
良し!少しだけ間合いが広がった!
蹴り足の反動を使って、再度右側のゴブリンに対峙。右手に持ち替えた剣を肩口へ振り下ろす。
血液を噴き出しながら倒れるゴブリン。
残り一匹。
しかし、少し遅かった。
残されたゴブリンの後方から、コボルト達が近づいてきたのだ。
「さすがに分が悪いか・・・。」
僕は数歩後退った。
城門の兵達は、徐々に魔物を押し返しているようだが、まだまだ時間が掛かりそうだ。
それならば!
僕は剣の柄頭に埋め込んだ魔石に意識を集中させた。
魔石が淡い赤色に光る。
それと同時に剣身に炎が宿った。
突然発生した炎に戸惑う魔物達。
僕は右手と右足を後方に大きく引いた構えをとり、右手に持った剣の切先を魔物の中央に向けた。
「放て!炎よ!」
言葉と同時に、剣を捻りながら前に突き出す。
剣の軌道そのままに、炎が回転しながら魔物達の中央を突き進む。
炎が進んだ後に残ったのは、焼け焦げた魔物の数々。
被害を受けた魔物の数は、全体に比べれば大した数ではなかったが、魔物達を怯ませるには十分だった。
そして、その機を逃すほど王都の兵は愚かではない。
「全員、突撃!」
号令と共に斬りかかる兵達。
後方では魔法の発動の準備もしているようだ。
こうなれば、低級な魔物などに遅れを取るような兵達では無かった。
僕の横を走り抜け、退散する魔物達。
これで王都に入れる。
「そこの少年、待たれよ。」
僕が城門をくぐろうとした時、声をかけてきたのは、部隊の隊長と思しき兵士だった。
何の用だろうか。こちらは急いでいるのだが。
「お力添え感謝する。ところで君は何者だね?」
隊長は何やら疑いの眼差しを、僕に向けてくる。
「素晴らしい魔法であったが、一般市民にしては些か腕が立ちすぎるように思える。」
隊長の目が鋭くなった。
「何が言いたいのですか?少し急いでいるんですけど。」
イライラが募り、僕の言葉にも棘が出てきた。
「端的に言うと、君は本当に人間かと聞いている。我々もここを死守しなければならないのでね。疑わしきは罰せよだ。」
何て言い草だ。こうしている間にもフロー達が危険に晒されているかもしれないというのに。
「隊長!隊長!」
声をかけてきたのは、後方にいた兵士のひとり。
皆がその兵士に注目する。
「彼は、王女達の護衛をしている賢者の少年ですよ。」
兜を取りながら、発言する兵士。
おぉ!誰かは知らないけど有難い。
「私だよ。覚えてないかい?」
兜を取ったその兵士は・・・やっぱり分からない。
「覚えてないか。王城の扉の前で会ったんだが。」
「あぁ!フローに呼び出された時の。」
やっとの事で思い出す。
「彼の名前はロゼライト君。私と面識があります。王女達の護衛をしてもらうために、ここは通して頂いたほうが良いかと。」
「疑ってすまなかった。我々も任務なのでな。悪く思わんでくれ。」
疑いの晴れた僕は、兵士にお礼を言い、王城に向かって走り出した。
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