第18話 学園生活が始まる(7)
ガーゴイルの襲撃を退けた僕たちは、改めて扉の前に立ち、その大きさに、ただ驚いていた。
扉の重さは、いったいどれくらいあるのだろうか?普通の扉の5倍はありそうな扉を前にして少し不安になった。
そもそも二人だけで開けることができるのだろうか?
この扉を開けられなかったら、この遺跡から出る術を失ってしまうのだ。
いや、この扉の向こうに出口があるとは限らない。しかし、この扉を開ける以外に僕たちに残された道は無いのが事実だ。
僕は扉に触れ、軽く押してみた。
思いの外、弱い力で扉は内側に開いていく。まるで僕らを待っていたかのように。
扉の中には大きな空間が広がっていた。
先程のガーゴイルの例もあるので、何が魔物が出るかもしれないと緊張していたが、それは取り越し苦労に終わった。
空間はただ静けさを保っていただけであった。
部屋は直径30メートル程の丸い形をしていた。天井の高さは10メートルぐらいだろうか。かなり高い。
部屋の真ん中には、ここに転送される前に触った台座と同じものがあり、その他のものは存在しなかった。
台座が何者かを待ち、静かに佇んでいるようにも見える。
部屋全体は、ここに来るときに通った回廊と同じように、整った石造りをしており、手がけた職人の腕と保存状態の良さを物語っていた。
もしかしたら、状態を良好に保つための魔法がかけられているのかもしれない。
しかし、特筆すべき点は、部屋の状態のことではなかった。
部屋の壁全体に、大きな壁画が描かれていたのだ。
「すごい。」
フローの口から感嘆の声が漏れた。
何かの物語の一節なのだろうか。壁には背中合わせの男女が、魔物の集団と戦っている姿が描かれていた。
「ロゼライトさん、ここ見て。」
フローが指さしたのは、壁画の男女が纏っているローブの模様。
「台座の紋章と同じだ。」
僕は台座の紋章と、壁画の紋章を見比べた。間違いなく、壁画と台座の紋章は同じものであった。
「いったい何の壁画なんだろう。」
「古代文字が読めれば少しは分かるんでしょうけど、スレート先生あたりなら多少は読めるんでしょうけど。」
そうなのか?スレート先生って案外優秀だったんだな。
いつものスレート先生を知っているだけに、失礼なことを考えてしまう。
「それにしても、この莫大な量の古代文字を解読するのに、いったいどれくらいの時間がかかるんだろう。」
壁一面に描かれた古代文字を見て、僕は目眩に似た感覚を覚えた。
つくづく僕は研究職には向かないのであろうと、痛感する。
「ロゼライトさん、ここを見て下さい。」
フローが壁画の男女の頭上に描かれた絵を指さしながら、僕を手招きしている。何か発見でもあったのだろうか。
「ここです!ここを見てください。」
興奮気味に、僕の服の袖を引っ張るフロー。
「こ、これは・・・。」
そこに描かれていたのは、いくつかの精霊を表しているであろうと想像できる記号。
しかし注目すべきは、記号の種類ではなく、その数だった。
「これって・・・。」
「賢者と・・・魔人、だよな。」
男の頭上に描かれた精霊は、ウィル・オー・ウィプス、ウンディーネ、シルフ。つまり、光、水、風の精霊。女の頭上に描かれた精霊は、サラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノーム。つまり火、水、風、土の精霊だ。
「ここは、賢者の魔人の遺跡なのか?」
「そうなのかもしれませんね。そして、何故かは分かりませんが、賢者と魔人が揃わないと、この壁画にはたどり着くことはできない。」
僕たちは顔を見合わせた。
「それと、この壁画は不思議な点があるんです。」
フローが首を傾げながら、壁画を指差す。
「両手から、別々の精霊の魔法を出しているように見えるんです。」
本来、それぞれの精霊は独立した存在であり、2つの精霊の力を同時に使うと、それぞれが干渉しあい、お互いの力を阻害すると言われている。
「それは壁画だから、そういう絵を描いたんじゃないか?」
「そうかもしれません。でも、そうじゃないかもしれませんよね。特にこの部分・・・。」
僕はフローの指した壁画の一点に、視線を移した。
「ここ、混ざりあった2つの魔法が、別の魔法に変わっているように見えませんか?」
確かに、壁画に描かれている男女は2つの精霊の魔法を同時に使い、別の魔法を生み出しているように見えた。
フローも僕に分かるのはここまでだった。
「どちらにしろ、古代文字が分からないと、どうしようもないですね。スレート先生に見てもらいましょう。」
そう言うと、フローは壁画に書かれたいくつかの古代文字と、紋章を書き写した。
「とりあえず、これで良しとしましょう。」
フローはもう一度、壁画を見て言った。
「ここは、本当に賢者と魔人の事を残した遺跡なのでしょうか。」
フローの問に答える者はいない。
「それでは帰りましょう。」
部屋にある台座に刻まれている紋章にふたりで手をかざすと、ここに来たときと同じような浮遊感に包まれ、ルディとレースアが待つ遺跡へと帰ることができた。
何者でもないと思っていた自分が、何かの意味を持っているのではないかという期待と、自分たちが何らかの大きな流れに巻き込まれていくのではないかという不安が胸に残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます