第17話 学園生活が始まる(6)

 松明の照らす灯りの中、僕達4人は遺跡の中を進んでいた。

 実習という名の元、僕たちが連れてこられたのは王都から少し離れた場所にある遺跡。

 正騎士団による調査と魔物の殲滅が行われたこの遺跡は、現在は学園で管理され、実習などで使用されている。

 今回の実習内容は、この遺跡のマッピング。教科書に出てきそうなほど簡単な作りをしているこの遺跡は、安全かつ効果的な教育材料という訳だ。

「これって武器とか必要無くない?」

 レースアが右手に持ったステッキで壁を叩きながら言った。

 確かにそうだ。

 魔物は出ない。至るところに学園生のグループの姿が見える。要所要所には先生まで立っている。

 これではなんの為の武器持参なのか、さっぱり分からない。

 そうこうしているうちに、地下二階の最深部に着いてしまった。

 他のグループ達は、遺跡の物珍しさもあって見学でもしているのだろう。僕たちのグループが一番乗りだ。

 最深部は大きめの部屋になっており、かつてはこのあたりの支配者の部屋であったのだろうと言われている。

 僕たちは入り口付近で待機している先生の横を通り、扉を開け部屋に入った。

 部屋の真ん中には、石でできた台座があり、小さな紋章が2つ刻まれている。

 この紋章が何なのかは未だ解明されていない。学園内で研究しているということだから、きっとスレートあたりがブツブツ言いながら研究しているのだろう。

「終わったな。案外簡単だったね。」

 ルディが伸びをしながら言った。

「帰ったら今日の授業は終わりって言ってたよね。皆で遊びに行く?」

「いいね!フローレンス王女は大丈夫?一緒に行けそう?」

 レースアがフローに言葉を投げかけた。

「エドワードに声をかけてからですが、ロゼライトさんが一緒であれば大丈夫だと思います。」

 台座に手を置きながら話すフロー。

 僕と一緒ならば大丈夫・・・か。今更だけど、カーネリアン王に良いように使われてるな。

 僕は苦笑いをした。

「皆さん、ちょっと見てください。」

 フローが僕たちに声をかける。

「台座の紋章が光っています。」

 確かにフローが触れた台座にある紋章の1つが、青白く光っている。

「フロー、とりあえず手をどけるんだ。」

 僕は慌ててフローの手を取ろうと、台座に手を伸ばした。

 瞬間。

 もう一つの紋章が赤く光って、僕たち二人を飲み込んだ。

 僕たちを呼ぶルディとレースアの声が、どんどん遠くなり、やがて消えた。


「ここは、どこだ?」

 気がついたときには、ここに立っていた。

 転移魔法。確か失われた古の魔法のひとつだ。

 横に立つフローに目で問いかけたが、首を振るばかりだ。

 石造りの大きな回廊は前方にのみ伸び、先が見えないほど続いている。不思議な事に、回廊は全体が薄く光っていた。

「進むしかないのかも、しれませんね。」

 フローが横で唾を飲み込むのが分かった。

「僕が先に行く。離れないように付いてきて。」

 フローが無言で頷いた。

 一歩歩くごとに、回廊に乾いた音が木霊する。腕の良い職人が造ったのだろう。整然と並んだ石造りだけが響かせる事のできる音だ。

「少し、肌寒いですね。」

 確かに。

 緊張のせいで気にならなかったが、口から出る息は少し白かった。

「扉だ。」

 どれくらい歩いただろうか。僕たちは荘厳な扉に行き着いた。扉の両端には、翼を持った怪物の石像が鎮座している。

 ガーゴイルだ。

 侵入者を拒む、魔法生物の一種。

 僕は背中に背負ったロングソードを抜き、両手で構えた。

 隣でフローも精神を集中させ、魔法のイメージを作っている。

 ガーゴイルの目が赤く光った。同時に頭、翼、胴体と灰色だった体が黒っぽく湿り気を帯びていく。

「させるか!」

 完全に動き出す前に、右側のガーゴイルの喉に深々とロングソードを突き刺した。

 僕は動き出すのを待っているほど、お人好しじゃない。

 赤く光っていた目が元に戻り、体も乾燥し灰色になっていく。ガーゴイルが石像に戻る瞬間だ。

 僕は素早くロングソードを引き抜くと、振り向き、もう一匹のガーゴイルに備える。

「炎よ!」

 フローの言葉が回廊に響いた。

 フローの手から出現した真っ赤な炎が、ガーゴイルを包み込む。

 しかし、ガーゴイルの一声で炎はかき消された。

「効かない?!」

 いくら指輪で増幅しても、絶対的に魔力が足りていないんだ。

 これが魔人の現実だ。

 もちろん僕が魔法を使っても同様の結果を生むだろう。

「フロー、こっちへ来るんだ。」

 僕はフローの手を取り、回廊を少し戻った。扉の前よりも、こちらの方が少し狭いからだ。

 まずはガーゴイルを落とさなければ、勝機は見えない。

 僕はポケットから小袋を取り出した。

「それは?」

「小麦粉。食堂からちょっと頂いてきた。」

 怪訝な顔をするフローに、そっと作戦を耳打ちをする。

 ガーゴイルが耳を突くような鳴き声もともに、こちらに迫ってきた。

「今だ!」

 僕は小麦粉の入った小袋を床に投げつけると、フローに合図を送る。同時にフローが風の魔法を発動させる。

 小麦粉は風に乗り、ガーゴイルの周りに充満した。

「炎よ。」

 僕の指先に出現した小さな炎は、ガーゴイルに向かって走ると、徐々に大きくなり、ついにはガーゴイルの周りで爆発を起こす。

 ガーゴイルが落下するのを目で確認した僕は、間髪入れず落下地点に飛び込んだ。

 煙の中、ガーゴイルの目が赤く光る。

 右手に持った剣を横に振った。硬い鱗を切ったあとに続くガーゴイルの断末魔が、戦いの終わりを示していた。

 煙が晴れ、視界が良好になると、フローが僕の胸に飛び込んできた。

 小刻みに肩が震えている。

 多分、初めての戦闘だ。想像を絶するほど怖かったのだろう。

 僕は優しくフローを抱きしめた。

「すごい!すごいですロゼライトさん!」

 顔を上げたフローは嬉々としていた。

 あれ?

「何ですかあれ?!どうやったんです。」

「あれは粉塵爆発って言って・・・。」

 実家の手伝いで鉱山にも入っていた僕にとって、粉塵爆発は最も恐ろしい事故のひとつだ。魔法の代わりとして、準備してきたのが功を奏した。

 フローはさっきから「すごいすごい」を連発して、僕の周りをぴょんぴょん跳んでいる。

 まったく、なんてお姫様だ。

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