第15話 学園生活が始まる(4)
地下訓練場は、思っていたよりもずっと広かった。
詰め込めば50人は入るのではないかという空間の真ん中には、丸い闘技場と思われる場所があり、周りにはギャラリー用のいくつかのテーブルが置いてあった。
天井は身長の2倍ぐらいの高さがあり、大剣を振り回しても問題は無さそうだ。
僕たちのあとから、冒険者達がぞろぞろと地下訓練場に入ってくる。
皆、片手にビールを持っている。酒の肴にする気満々のようだ。
「そうそう、魔法は使用禁止だ。ここは学園みたいに結界ってやつが張ってないからな。」
実質、僕だけのテストってところか。
それならばそれで良い。どのみち魔法が苦手な僕は、剣だけで戦うつもりだった。
僕は口を窄め長く息を吐き、剣を右手に持ち腰を落とした。
「それじゃ、始めるとするか。」
声がかかると同時に、間合いを詰め右斜め上から素早く袈裟斬りを行うが難なく受けられてしまった。
最初は油断しているかと思ったが、そんなに甘くは無いらしい。
僕はバックステップしてから、剣を両手に持ち替え、一気にステップイン、真上から剣を振り下ろす。
「剣技が素直だねぇ。そういうの嫌いじゃないぞ。」
ギルドマスターが大剣を頭の上にかざし、僕の剣を受ける。
よし!引っかかった!
僕は柄から右手を放して、ギルドマスターの剣の柄を握ると僕の方に引き寄せた。
「おっとっと。」
たまらずたたらを踏む、ギルドマスター。
勝った!
あとは前かがみになったギルドマスターの腹に、蹴りを入れれば終了だ。
「面白いねぇ。でも残念だ、技が軽い。」
なにっ?柄が引けない?!
僕は自分の目を疑った。
あれほど強く引いたのに、ギルドマスターが体勢を崩したのは一瞬で、すぐに体勢を戻してしまったのだ。
「じゃあ、俺の番かな。」
そう言ったギルドマスターの両腕の筋肉が張りを見せる。
まずい。蹴りを出そうとしていたため、僕は片足で立っている状態だ。
短く息を吐いたギルドマスターの大剣が、斜め下から唸りを上げて襲ってきた。
辛うじて剣身で受けることに成功した。
一瞬遅れて襲ってくる経験したことの無い衝撃。これが人間の力なのか?
片足で立っていた僕に踏ん張れるはずもなく、5メートルは距離のある後ろのテーブルまでふっ飛ばされた。
盛大な音を立てて、テーブルが倒れた。
直後、頭に降りかかる炭酸の液体。運悪くテーブルにはビールが置いてあったらしい。
大丈夫。大きな怪我は無い。
そう確信した僕は、立ち上がるとすぐにギルドマスターの方に走った。
右手と右足を同時に出して、右手に持った剣を真っ直ぐに突き出す。
ギルドマスターが剣で弾くのを確認してから、左側に視線のフェイント、一瞬あとに右足を軸にして右側に回転。
よし!死角に入った。
僕は、左手に持ち替えていた剣を横に振った。
避けられるはずがない。
「面白い。だが残念だ。やはり技が軽い。」
ギルドマスターが、左手一本で大剣を振った。
そんな馬鹿な!
火花を散らし、剣と剣がぶつかる。
宙を舞ったのは、僕の剣だった。
「参りました。」
僕は両手を上げ、降参の意思表示をした。勝てるはずが無い。実力が違いすぎる。
またバイトを探さなきゃならないのか。
僕は少し憂鬱になった。
「もう少し良い試合ができると思っていたのですが、自惚れだったようです。残念ですが、登録は諦めます。」
弾き飛ばされた剣を拾いながら、僕はルディとレースアの方へ振り返った。
ふたりには申し訳ないが、ギルドへの登録はお預けだ。
「おいおい、勘違いすんな。」
後ろからギルドマスターが声をかけてきた。
「この試験、負けたらおしまいってわけじゃねぇんだ。どれくらいのクエストだったら生きて帰って来れるかを調べる試験だ。」
「え?じゃあ。」
「もちろん合格だ。技のキレに関しちゃ、ギルド内にもそうそういない腕前だ、断る訳がねぇ。」
ギルドマスターの言葉に、僕たちは顔を見合わせると、手を取って喜んだ。
「じゃあ、手続きをするから上に来てくれ。」
ギルドマスターはそう言うと、受付へと続く階段を登っていった。
「兄ちゃん、なかなか強いなぁ。今度、俺と手合わせしてくれよ。」
「卒業したらうちのパーティーに入りなよ。鍛えてやるぞ。」
「ギルマス相手にあそこまでやるとはな。将来有望だ。」
周りで見ていた冒険者達が、次々と話しかけてきた。屈強な戦士達の称賛は、正直に嬉しかった。
説明は、凄くシンプルな物だった。
依頼者はギルドに仕事を依頼する。
ギルドは手数料を差し引いた額を、冒険者に提示する。
冒険者は仕事の報酬として、提示された金額を頂く。
たまに、ギルドから特定の冒険者に依頼が来るが、受けなくてもペナルティーにはならないらしい。
うん、分かりやすい。
「今日はどうする?何か受けるかい?」
ベイルと名乗ったギルドマスターは、カウンター上にいくつかの紙を置いた。
「お前らに紹介できる仕事ってのは、今はこれくらいだな。」
薬草採取、10株ごとに銅貨一枚。
畑の害虫駆除、1時間毎に銀貨一枚。
商店街の広場の掃除、3時間で銀貨ニ枚。
うちの猫探してください、銀貨三枚。
ほとんど雑用だな。
最後の「うちの猫探してください」って何だよ。一番報酬が高いのが笑える。
「慣れてきて大丈夫だと判断したら、もう少し難しい仕事も紹介してやるよ。」
僕の表情が曇ったのがバレたのか、ベイルは取ってつけたようにそう言った。
「で、どうする?今日は仕事していくか?」
僕たちは顔を見合わせた。
「いえ、今日は登録だけで大丈夫です。また来ます。」
短い試合だったが、とても疲れていた。
まるで故郷で退治した魔獣と戦った後のようだった。
「最後に、冒険者カードを渡しておく。真ん中に表示されているのが、今のランクだ。」
そう言って渡されたのは、手のひら大の鋼色のカードだった。
真ん中は大きく「E」と書かれていた。
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