第14話 学園生活が始まる(3)

 麗らかな春の日差しが、窓から差し込む休日。僕は窓際に座り、今日も無事に一日が始まる事へ感謝していた。

「あぁ、今日も穏やかな一日になりそうだ。」

 そう言った僕の頬には、一筋の汗が流れていた。

 知っていたよ。

 本当は、知っていたんだよ。

 僕の手にあるのは財布と、部屋に付属されている小さな金庫。

 そして、心もとない中身。

 原因は分かっていた。

 放課後に行くことの多い、フローとのショッピングだ。

 もちろん僕自身、フローのように多くの物を買うこともないし、フローだって王族にしてはそれなりに正しい金銭感覚を持っている。

 それでも、少しづつ少しづつ無駄遣いをしてしまっていた事は否めない事実だ。

 あぁ、考えれば考えるほど、頭が痛い。

 寮で過ごして、学園の行き来だけならお金を使うことはない。

 でも少しぐらいは遊びたい。

 親元を離れた学園生活、それぐらいの楽しみはあっても良いだろう。

「よし、バイトしよう。」

 この学園生活を、寮と学園の行き来、それと王女3人のお世話のみという黒歴史にならないようにする為に、ある程度の資金は調達しなければならない。


 寮の食堂にて、僕は少ない友達にアルバイトの相談をしていた。

「ロゼライトは何か特技とかあるの?」

 そう言ったのは、レースア。

 レースアは、最近一緒に居る事が多くなった水の術士だ。ルディとは教室で席が隣らしく、ルディと一緒にいる事の多い僕も何となく仲良くなった。

「特に無いなあ。」

「だよねぇ、魔法もからっきしだしね〜。」

 レースアは肩まで伸ばした青い髪をいじりながら言った。

 ルディに紹介された時からそうだが、レースアは人の痛いところをズケズケと指摘してくる。

 そういった歯に衣着せないところは、付き合いやすいとも言えるのであるが、指摘してきた内容がこちらが気にしている所だったりすると、拳を振り上げたくなる事もしばしばだ。やらないけど。

「冒険者ギルドに行ってみようか。」

 そう言ったのは、今まで黙っていたルディである。

「冒険者ギルドに?」

「そう。簡単なクエストってのは、登録すれば学生でも受けられるって話だよ。」

 ルディの話では、薬草採取や捜し物、簡単な害獣駆除などというクエストは報酬が少なく、正規の冒険者も受けてくれないので学生に斡旋することがあるという。

 田舎の村では、薬草取りや畑を荒らす害獣の駆除は親の手伝いの内容だ。同じことをやってお金が貰えるなら、登録してみても良いかもしれない。

 僕たちは早速、説明を聞きに行くことにした。


 王城から少し北に少し街を進むと、南側のきらびやかな雰囲気は消え、傭兵や冒険者の姿が多くなってくる。

 街並みも南側には見られなかった、武器屋や防具屋、魔道具屋が軒を連ね、カフェやブティックといった店は姿を消す。

 ルディ、レースア、そして僕の三人はひときわ大きな建物の前にいた。

 先程からお世辞にも柄が良いとは言えない人たちが、ひっきりなしに出たり入ったりしている。

 「冒険者ギルド」。どこにも書いていないが、ルディの情報では、この建物がそうらしい。

「じゃあ、入ろうか。」

 僕は腰に差した剣に手てを添えて、そう言った。

 この剣は家の工房で自分で打った剣だ。

 紅玉鋼という火の魔力と相性の良い鋼で打ったため、剣身が赤味がかっている。

 親父の餞別の小さな魔石が柄頭に組み込んであるので、魔剣としても使うことができる。

 剣身は普通の剣よりも少しだけ短めに作ってある。体術を駆使しながら戦う僕のスタイルに合わせた長さとなっており、体の動きを制限しない長さに調整してあるのだ。


 建物の中は騒然としていた。

 ギルドのロビーは剣士の姿が目立ち、思っていたよりも魔術師は少ない印象を受けた。

 魔法を発動するよりも、剣で切ってしまった方が効率的と言うわけだろうか。

「何か用かい?」

 奥のカウンターから、筋肉質な男が話しかけてきた。

「僕たちは魔術学園の生徒です。ギルドに登録できたらと思って・・・。」

 ルディがカウンターの男の問に答える。

「ここは、お坊ちゃん達が来る場所じゃないぞ。危ないから止めとけ。怪我するのがオチだ。」

 カウンターの男はヒラヒラと手を降って、僕たちに帰れという仕草をした。

 カウンターの男の反応は予想できた物だった。

 ギルドはただの職業斡旋所ではない。

 ギルドに登録した人間を管理し、成長させ、導くという役割も担っている。

 面倒なお荷物になると分かっている学生など、好んで抱える訳がない。

「マスター、ちょっと待ってくれ。右の兄ちゃん、噂の賢者じゃねぇか?」

 右の兄ちゃんと言うのは、僕のことだろう。きっと不名誉な噂でも立てられているのだろう。

「ほほぅ。」

 マスターと呼ばれた男は、僕の顔をマジマジと覗き込んだ。

「こういう仕事をしていると、街の噂ってのが色々と入ってくる。珍しくテレーズ王女がご執心らしいじゃねぇか。」

 どこをどう曲がったら、そんな噂になるのだろうか。

「テレーズ王女には、ギルドも色々と世話になってるからな。」

 そうなのか?

「実力を見てやろう。クエストに出てもちゃんと帰って来れそうなら登録させてやるよ。」

 マスターと呼ばれた男は、カウンターの中にある武器から長剣を取りながら言った。

「お前の得物は腰の剣で良いか?準備ができたら、地下の訓練場に来い。相手してやる。」

 あれよあれよという間に話は進み、地下の訓練場に行かなければならなくなってしまった。

 僕たちはお互いの顔を見合わせた。

 周りの冒険者たちは、無責任に盛り上がっている。きっと今夜の酒の肴にでもされるのだろう。

 とても断れる雰囲気ではない。

 僕は覚悟を決めると、地下訓練場に続く階段を降りて行った。

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