第13話 学園生活が始まる(2)

 学園の校舎は、魔力障壁に護られた四角い校庭を囲むようにして建てられている。

 北側は、新たな魔法の開発や理論の解明に使われている実験棟。

 西側と南側には、学園の生徒達の教室や実習室がある。

 また、東側の校舎には、学長室や職員室などの学園運営に使用されている部屋が並ぶ。

 僕は東側の校舎の二階を歩いていた。

 これから向かう生徒会室は、東側校舎の端に位置する。

 生徒会長であるシャルロット王女は、放課後に生徒会室にいることが多い。

 生徒会室のドアをノックした。

「どうぞ。」

 中から女性の声がした。シャルロット王女ではない。

「失礼します。」

 僕は丁寧に扉を開けると、一礼してから中に入った。

「あー!賢者君いらっしゃい。」

 女生徒が僕を指さして言った。

 確か、彼女は生徒会書記のシトリン先輩とか言ったか。緑色の髪を短く切った元気で屈託のない笑顔が素敵な女性だ。

「シトリン、来室した生徒の対応はしっかりするように。」

 奥から書類の束を持ったシャルロット王女が姿を現した。

「ロゼライト君、今は手が離せないから、そこに座って待っていてくれる?」

 シャルロット王女の指した先には、小さめのソファセットが置いてある。何かの打ち合わせなんかに使うのだろうか?

 僕は言われた通り、ソファに浅く腰掛けた。もちろんコーヒーなど出てくる訳もない。

 今日は、シャルロット王女とシトリン先輩のふたりで業務を行っているようだ。

 意思疎通の取れたふたりなのであろう。会話がなくても、お互いに何をするべきなのか分かっているようで、テキパキと業務をこなしている。

「さてと、これで一段落ね。」

 シャルロット王女が、書類の束をまとめながらシトリン先輩に声をかけた。

「じゃあ、その書類は提出してきちゃいますね。」

 シトリン先輩はそう言うと、シャルロット王女から書類の束を受け取り、生徒会室を出ていった。

「よろしくね、シトリン。」

 笑顔で見送るシャルロット王女。

 パタパタパタパタ・・・。

 シトリン先輩の足音が遠のく。

 ・・・。

 そして聞こえなくなった。

 直後、シャルロット王女は勢いよく椅子に座ると、机に突っ伏した。顔を下にして・・・。

 シャルロット王女、鼻が潰れてます。

「ロゼライト君。」

 そのままの体勢でシャルロット王女が、声をかけてきた。鼻が潰れた状態で話しているので、シャルロット王女とは思えないほどの変な声だ。

「疲れた。」

 よく見ると、シャルロット王女は頬を膨らませている。

「はいはい、良く頑張りました。」

 僕はシャルロット王女の頭を撫でた。

 シャルロット王女は、気持ち良さそうに目を閉じている。

「もう、無理だよ〜。王女の仕事と、生徒会の仕事両方じゃ忙しくて死んじゃうよ〜。」

 そう。シャルロット王女には二つの顔がある。

 ひとつは皆が知っている王女の顔。

 もうひとつは、最近僕の前だけで出してきたこの顔。これが意外と我儘で厄介だ。

「肩、揉んで。」

「はいはい。」

 シャルロット王女の正面に立っていた僕は、机に突っ伏した状態のシャルロット王女の肩に手を伸ばした。

「あ〜、気持ちいい。」

 じゅる。

「やばっ、ヨダレが・・・。」

 制服の袖で拭う、シャルロット王女。

 おい!王女っ!

 放課後の東側の校舎は、日が陰り少しヒンヤリとしている。

 忙しく動いていた身体には、それぐらいの温度がちょうど良いのか、シャルロット王女は程なくして、眠りに落ちていった。

 多分、こちらがシャルロット王女の本当の顔。

 最初は僕の前でも王女の顔を繕っていたシャルロット王女だが「初対面の時からヨダレを垂らすという失態を見せてしまったから、もういい」と、すぐにこちらの顔を見せるようになった。

 他言無用と厳しく念を押されたが・・・。

 いつもはかなり無理をしているのだろう。

 以前、フローがテレーズ王女の事を「不憫」言っていたが、シャルロット王女もひとりで重圧を抱え込んでいる事に関して言えば不憫に思えて仕方がない。

 「王族に生まれた宿命」と言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、自分と同年代の人が背負うには重すぎる物のように感じる。

 妙な縁で王女三人に近づいた僕であるが、自分にできる事は力になろうと心に決めていた。

「ただいま戻りました。」

 突然扉が開いて、シトリンが戻ってきた。

 やばっ!シャルロット王女は寝たままだ。

「おかえりなさい、シトリン。ご苦労さま。」

 何事も無かったかのように立ち上がり、業務を終えて戻ってきたシトリンを労うシャルロット王女。

 ヨダレの跡も完璧に拭ってある。

 さすがだ。

「ロゼライト君もお疲れ様。手伝ってくれてありがとう。」

 シャルロット王女は、にっこりと微笑むと僕にそう言った。

 完璧過ぎるこの笑顔が、逆に恐ろしい。

「それではそろそろ失礼して、フローレンス王女の様子を見てきます。」

 僕はシャルロット王女にそう伝えてから、シトリンに一礼して生徒会室の扉を開け、教室へと向かった。

 教室ではフローが待っているはずだ。


 教室の扉を開けると、西日の中で読書をするフローの姿があった。

「フロー、お待たせ。」

 僕が声をかけると、フローは静かに本を閉じ、こちらを向いた。

 西日に照らされた銀髪がキラキラと輝き本当に綺麗で、鼓動が少し早くなるのを感じた。

「お帰り。早かったですね。」

 フローが微笑んだ。

「別に毎日待っていなくても良いのに。」

「待っててあげたのに、そういう事を言うんですか?」

 フローが口を尖らせた。

「うそうそ、待っててくれてありがとう。」

 荷物を片付けながら僕は言った。

「今日はどこに行く?」

 少し寄り道してから帰るのが、僕たちの日課だ。

「少し買いたいものがあるので、付き合ってください。」

 最近はエドワードも付いてこなくなってしまったので、荷物持ちは専ら僕の仕事だ。

「大変だから、あんまりいっぱい買わないでよ。」

「いつもちゃんとセーブしてますよ。」

「えー、あの量で?」

 僕はいつも持たされている荷物の量を思い出して、正直に疑問の声を上げた。

 今日はいったいどこに連れて行かれるのだろうか。

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