学園生活が始まる
第12話 学園生活が始まる(1)
王城から呼び出しを受けた日から、一ヶ月が経過した。
カーネリアン王から言い渡された、学園内で三人の王女の世話をするという依頼も、僕なりに何とかこなしていた。
「テレーズ王女、今日もここにいたんですね。」
僕は、鍛錬場にいたテレーズ王女に話しかけた。テレーズ王女は放課後にひとりで鍛錬場で稽古をしていることが多い。
「ロゼライトか、どうした?」
「別に何かあったわけじゃないですが、顔を見に来ました。一応、世話係なので。」
テレーズ王女は手がかからない。
手がかからないという言い方は失礼かもしれないが、僕なんかよりもずっとしっかりしている。
「それでは。失礼します。」
特に用事がないのであればと、僕は一礼して鍛錬場を後にしようとした。
「ま、待て。せっかく来たんだから、その・・・模擬戦の相手をしてくれると、助かる。」
テレーズ王女が俯き、真っ赤になりながら僕に言った。
いつもは一匹狼のごとく他人を寄せ付けない雰囲気があるが、こういう時は年相応の可愛さがにじみ出てくる。
もしかしたらいつもの雰囲気とのギャップもあり、普通以上にグッとくるものがあるのかもしれない。
実はこのやり取りも日課になりつつある。
テレーズ王女は極端に他の学生との交流を嫌う。フローに言わせれば、僕と普通に話すということ自体、奇跡的なのだという。
また、魔法主体の戦いが主流となった今、鍛錬によって体を鍛え、技を磨く人が極端に少なく、鍛錬場を訪れる人はごく稀だと言うことも、稽古相手を探すのに苦慮する一つの要因なのだろう。
体を鍛えるより、魔法の腕を上げたほうが理にかなっているのだ。
「ロゼライト、これで良いか?」
テレーズ王女が壁にかけてある武器の中から、長めの木剣を放った。
木剣はクルクルと回転しながら宙を舞うと、僕の左手に収まった。
左手は柄の先端を握り込み、右手は鍔のすぐ下に軽く添える。右足を軽く前に出し、切先をテレーズ王女の胸元に向ける。
僕が構えたのを見たテレーズ王女は、満足そうに微笑むと、持っていた棍を右手の脇に抱え棍先を下に向けると右足を大きく引いて、腰を落とした。
僕は剣を軽く揺らしながら、相手を牽制し、間合いを詰めていった。獲物の長さで不利な僕は、まず相手の攻撃を躱さなければ勝機はない。
テレーズ王女が動いたのは、もう少しで僕の間合いになるぐらいまで距離を詰めたときだった。
大きく引いていた右上を前に出すと、その勢いを利用して、片手で棍を横に振った。
僕はかろうじて剣の根本で受け、数歩後退る。その動きを見たテレーズ王女は、棍を大きく振りかぶると、僕の頭の目がけて振り下ろした。
テレーズ王女はいくつかある騎士団のひとつに属しているらしく、出撃時にはハルバードという、槍と斧を組み合わせた武器を使用するらしい。
僕は棍をくぐる様にして左に素早く移動すると、剣で棍を叩き落とした。
ハルバードの様な思い武器は、ロングソードで受けるのは困難だからだ。へたしたら、こちらの剣が折れてしまいかねない。
剣の間合いだ。
僕は棍を叩き落とした剣の握りを変え、そのまま棍の上を滑らせるようにして左手で剣を振った。
テレーズ王女は状態を反らすようにして剣を躱した。鼻先スレスレを剣を振られているというのに瞬き一つしない。何という精神力だ。
まずい。体勢が崩れる。
木剣と言えどそれなりの重さはある。避けられることを予想していなかった僕は、剣の重さに振られ大きく体勢を崩してしまった。
その後は自分がどう倒されたのか分からなかった。足に痛みを感じた直後に、天と地が逆さになり、次の瞬間には数メートル飛ばされていた。胸に痛みがあることから、空中で胸に打撃を撃ち込まれたということなのだろう。
テレーズ王女には「私が王女だからって手加減しなくても良いんだぞ。」と言われたが、手加減している気はさらさらない。
手加減せずに挑んで、未だに一本も取れていない。
僕もそれなりに鍛えてきたつもりであったが・・・天狗の鼻を折られたというのは、こういうことを指すのであろう。
二本目は僕から攻めよう。
長物相手に自分から攻めるというのは、危険であるというのが大半の意見であるが、どうせ待っていても勝てないのだ。冒険するのも悪くない。
僕は先ほどと同様、中段に構え間合いを詰めた。
テレーズ王女は、今度は棍を両手に持ち、左の棍先を僕に向け腰を落とした。
これでは間合いを詰めづらい。
剣先と棍先が交わる瞬間、僕はテレーズの棍先を左に弾き、剣を軽く振りかぶりながら間合いを詰めた。
間合いが詰まると同時に、振りかぶった木剣を真っすぐ振り下ろす。
駆け引きのない基本通りの剣撃であるが、その分撃ち込む速度は早い。
入った!
そう思った瞬間、テレーズ王女の左の棍先が僕の剣を弾き上げる。いったいどう扱ったら、長い棒がそのような動きをするのだろうか。
何とか剣が飛ばされないように柄を握りこみ、テレーズ王女を見た。
テレーズ王女は既に次の攻撃モーションに入っていた。僕の目前に右の棍先が迫る。
辛うじて頭の上で、棍撃を受け止めた。
なんて重い攻撃なのだろう。これが本当に女性の力なのだろうか。
攻撃の重さに耐えきれず、膝をついた僕はそう思った。顔を上げると僕の目前にはテレーズ王女の棍先が突きつけられていた。
その後も数本の模擬戦を行ったが、今日も一本も取れずに惨敗した。
僕が肩で息をしているというのに、テレーズ王女は涼しい顔をしている。ここまで実力の差を見せつけられると、逆に清々しく思えるから不思議だ。
「それでは、そろそろシャルロット王女の様子を見てきます。」
僕は立ち上がると、一礼した。
こっぴどくやられた気がしたが、後に引きそうな痛みはない。しっかり手加減されていたということだろう。
いつの間にか集まってきたギャラリーの間を抜け、鍛錬場を後にした。
廊下で一度鍛錬場を振り返る。
徐々にいなくなるギャラリーの奥で、テレーズ王女は今日もひとり棍を振っていた。
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