第10話 3人の王女(9)
何故、こんなことになったのか。
皆目検討もつかないとは、こういう事を指すのだろう。
王城へと続く長い石段を登った僕は、身の丈を優に超える荘厳な扉を見上げた。
扉の双方には鎧を着た衛兵が立ち、何事かとこちらを伺っている。
「あの・・・。」
僕は意を決して、衛兵に話しかけた。
そもそも何を言えば良いのだろうか?王城に来るように言われたが、王城のどこに行けばいいのかを聞くのを忘れていた。
衛兵が値踏みをするようにこちらを見る。
兜の間から見える視線は鋭く、そして冷ややかだ。
自然と背筋が伸びた。
「王城へ来るように・・・言われた・・・んです・・・が。」
語尾が小さい声になってしまった。
「名前は?」
ぶっきらぼうに衛兵が訪ねてきた。
「ロゼライト・・・です。」
名前を聞いた途端に、衛兵の緊張の色が消えていくのが分かる。
「あぁ、賢者か。聞いてるよ。」
衛兵はそう言うと、僕に付いて来いと目配せをした。
良かった。フローが話をつけていてくれたようだ。
石造りの廊下に、衛兵の具足の乾いた足音が響き渡る。見事な装飾の施された床と壁が、職人の腕の良さを物語っていた。
「すごい。」
思わず感嘆の声が漏れた。
辺りを忙しなく見渡す僕を、衛兵は咎めたりはしなかった。
「寛容」・・・良い意味で捉えればそういう言葉が適しているのかもしれないが、この警備の手薄さは「慢心」とも言える。なにしろ廊下にひとりの警備兵の姿もないのだ。
最強の正騎士団。この王城の警備の手薄さは、強すぎる騎士団ががもらたす弊害であることは明らかに思えた。
「ここで待つように。」
応接室であろうか、案内されたのは控えめな飾り付けを施された扉の前であった。
僕はノックをして、中から返事がないことを確認してから、恐る恐る扉を開けた。
10メートル四方ぐらいの、王城にしては小さめの白を基調とした部屋であった。
窓から入る日差しを受けて、純白のレースカーテンが輝いて見える。
部屋の中央には起毛生地の大きなクッションが乗った白いソファーがあり、その正面にガラスのテーブルが置いてあった。
テーブルを挟んでソファーの正面には小さめの暖炉、反対側には大きなアンティーク調の柱時計が掛けられている。扉の近くにある棚は、ワインセラーだろうか。中には年代物のワインが数本収められていた。
そっとワインセラーのガラスに触れてみる。
「冷たい・・・。」
魔道具か・・・。きっと定期的に水の精霊の力をもった者が、魔石に魔力の補充に来るのであろう。
魔道具には魔石がつきものだ。
魔石とは魔力を蓄え、放出することのできる鉱石で基本的には鉱山で見つかる。純度の高い物ほど多くの魔力を蓄えることができ、値段も高価となる。
石はそれぞれ「火」「水」「風」「地」「光」「闇」の属性を持ち、属性の合った魔力のみを蓄えることができる。
まれに魔族の体内で生成される魔石もあるようだが、こちらの魔石は純度は高いものの、数が少なく市場に出回ることは少ない。
魔石はこのワインセラーのように生活用品に使用されることも多いが、剣に使用すれば魔剣に、鎧に使用すれば魔法の鎧を作ることもできる。そうは言っても、剣や鎧に使用する場合には大きな出力を必要とするので、純度の高い魔石を使用しなければならず、値段も高価でとても一般市民の手に届く代物でなはい。
僕は真ん中に置いてあるソファーに腰を下ろした。
体がソファーに沈み込む。まるで全身が抱きかかえられているようだ。目を瞑ると意識がソファーに奪われていくような錯覚を覚えた。
やばい、このままでは眠ってしまう。王城に呼び出されて居眠りをするなど、あり得ない行為だ。それこそ極刑に値する。
しかし睡魔は容赦なく襲ってくる。
このソファーには眠りの魔法でもかけてあるのではないかと疑いたくなるほどだ。
「うぅん。」
今のは僕の声ではない。
眠気のため幻聴でも聞いたのだろうか。
僕の左足の太ももの上に、クッションから伸びてきた白く美しい手が置かれた。
幻覚も見えてきた。
・・・。
いや、幻覚じゃないぞ!
よく見たらソファーの上のクッションだと思っていた物は、丸めた毛布・・・いや、誰かが毛布に丸まっているんだ。
その中から出てきた白い手。
僕は恐る恐る毛布を摘んで、持ち上げた。
顔を見ることはできなかったが、中からこぼれ落ちる金髪。
まさか、シャルロット王女?
「むにゃむにゃ。」
人って寝てる時にホントにむにゃむにゃって言うんだ?!
どうでもいい事に感心していると、今度は毛布の中の住人が、僕の左足を引き寄せ、太ももに頭を乗せてきた。
何だ、この状況は?!
僕は顔を覗き込んだ。
間違いない。先ほど大講堂で見た顔、シャルロット王女だ。
突然の出来事に僕は固まってしまい、身動きがとれないでいた。
それはそうだ。絶世の美女、しかも光の王女が僕の膝枕で熟睡しているのだ。これで動揺しない男などいるはずがない。
「じゅる。」
あ、よだれ垂らした。
しばらく様子を見ていたが、シャルロット王女は全く起きる気配がない。
僕は罪悪化を感じながらも、シャルロット王女の髪に手を伸ばした。
「や、柔らかい。」
ひとり感動してしまった。
ついつい、頭を撫でてしまう。
何ていうか、大人しい動物を撫でているような、そんな幸せを感じる。
昼下がりの日差しの中で、静かに流れる時間。心が洗われるようだ。
いつまでもこのままって訳にもいかないか。
僕は若干の名残惜しさを感じながら、シャルロット王女に声をかけた。
「シャルロット王女、そろそろ起きないと。」
「・・・ぐぅ。」
あれ?
「シャルロット王女ってば!」
今度は肩を揺すってみた。
「・・・。・・・ぐぅ。」
おーい!
失礼かと思ったが、シャルロット王女の頬を手のひらで軽く叩きながら声をかける。
するとシャルロット王女が起き上がり僕を見つめてきた。半分、というかほとんど目が閉じている。
「こ、こんにちは〜。」
僕は挨拶をしてみた。
「あなたは、誰?」
首を傾げる動作が小動物を思い浮かべさせる。
「まあ、いいや。」
いいんかい?!
「動いちゃダメ、分かった?!」
は、はい。
シャルロット王女はそう言うと、再び目を閉じて僕の膝に頭を乗せ寝息を立てだした。
いったい何なんだ。
僕は両手を上げたままの姿勢で固まった。
ふたたび寝てしまったシャルロット王女は、しばらく目を覚ましそうにない。
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