第8話 3人の王女(7)

 肩のあたりで切り揃えた漆黒のような黒髪。見るものすべてを射抜くような鋭い眼光。滑るように歩く脚さばき。

 路地から出てきたのは、パレードを睨みつけていた女に間違えなかった。

 それと間違いなく、さっき僕のことをアシュタフの魔法から守ってくれた人だ。

「テレーズお姉様!」

 フローがテレーズと呼ばれた女に走り寄った。

 途端にテレーズの表情が、柔らかで優しそうなものとなる。

「ところで、テレーズお姉様。こんな所で何をしているんですか?」

 フローが不思議そうな表情で尋ねた。

「エドワードから頼まれたんだ。そこの賢者のしでかした喧嘩の後始末で手が離せないから、フローの様子を見ててくれないかって。面倒な事を押し付けられたよ。」

 ため息混じりで答えるテレーズ。

「あら。あの喧嘩にはテレーズお姉様も加担していたように見えましたけど。」

 顎に人差し指を当てながら、フローが言った。首を傾げる仕草が、どことなくオウムを連想させる。いや、体が小さいから、どちらかというとインコか。どちらにしろ可愛らしいことには違いない。

「先ほどはありがとうございました。おかげで怪我をせずにすみました。」

 僕は二人の会話に割って入った。

 突然、僕が会話に入ったからか、テレーズは驚いたように僕の顔を見ると、素早く必要以上に距離をとった。

 何だ?この人は?

「べ、別に親切で助けたんじゃない。弱いやつは見ててイライラするから手を貸したんだ。」

 あさっての方向を見て、答えるテレーズ。心なしか少し顔が赤い。

「紹介が遅れました。お姉様、こちらが同級生のロゼライト。賢者ですわ。」

 テレーズは横を向いたままだ。いや、チラチラとこちらを見てはいるようだ。

「そしてこちらが、テレーズ王女。私の実の姉で、闇の加護の術士です。」

 僕は深々と頭を下げた。

 奇跡の三姉妹のひとり、闇の王女テレーズか。

「と、とにかく、早めに帰ってくるのよフロー。そしてロゼライト、フローに何かあったら承知しないからね!」

 そう言うとテレーズは、素早く路地裏に消えていった。

 何故、わざわざ路地裏を通るのだろうか?不思議な人だ。


「テレーズ王女って不思議な人だね。」

 フローに連れてこられたカフェのテラス席でメニューを眺めながら、僕は言った。

「不思議?そうですか?優しくて良いお姉様ですよ。」

 ここは、メインストリートに向かって大きくテラス席を展開したカフェだ。

 フローのお気に入りの店ということなので、さぞかしお上品な店に連れてこられるのだろうと思っていたが、そのような事もなく、周りの席の大半は若い世代で占めていた。

 テラス席のテーブルと椅子は金属製でヒンヤリとしていた。買い物で随分と歩いて体温が上がっていたのか、冷たいテーブルと椅子が心地よかった。

「テレーズお姉さまは、とても不憫な方なんです。」

 唐突にフローが口を開いた。

 王女が不憫?どういうことだ?

「ロゼライトさん、闇の王女と光の王女、どちらが国を継ぐのに適していると思いますか?」

 僕が理解していないことが分かったのか、フローが言葉を続けた。

「そりゃあ、光の――。」

 そこまで言って、僕は気づいた。

「でも、テレーズお姉さまが長女なんです。」

 そうだ。テレーズ王女とシャルロット王女は双子であるが、長女はテレーズ王女だ。

「なのに世間は、光の王女シャルロットばかりを讃えます。」

 フローが目を伏せながら言った。

「光の王女は素晴らしい。光の王女がいればこの国は安泰だ。第一王女はテレーズお姉さまなのに・・・。」

 国策というのは難しい。この事がお家騒動に発展しなければ良いが。

「別にシャルロットお姉さまが悪いと言っている訳ではないんです。」

 それは分かる。

 タイミング悪く、ウエイターが注文を取りに来た。

 フローはローズヒップティーを、僕はホットコーヒーを頼んだ。

「ところで、ロゼライトさん。」

 フローがテーブル越しに乗り出してくる。シャンプーの匂いであろうか、顔が急に近くなったフローから良い香りが漂ってくる。

「ロゼライトさんは闇の魔法は使いこなせますか?」

 痛いところを突いてくる。

 僕は首を横に振った。

 現在、闇の精霊の加護を受けている人間は、世界中で僕とテレーズ王女だけだ。そして、その力は謎に包まれている。

 「謎に包まれている」と言えば聞こえがいいが、平たく言えば誰も教えることができない為、何も分かっていないというのが正しい認識だ。

 僕自身、闇の精霊の加護を受けてはいるが、魔法のイメージが涌かず魔法を発動することはできずにいる。

 僕にとっての闇の精霊の加護とは、体内魔力を無駄に消費する厄介者に他ならない。この加護さえ無ければ導師としての人生を歩むことができ、弱者として蔑まれる事は無かったのだ。

「テレーズ王女は、闇の魔法を使えるのか?」

 僕の問に、目を伏せたまま何も答え無いフロー。答えを探しているようにも見える。

「お待たせしました。ローズヒップティーとホットコーヒーです。」

 ウエイターが飲み物を持ってきた。

 まったく、タイミングが悪いウエイターだ。

 僕は運ばれてきたホットコーヒーを口に含んだ。フローも僕に倣う。

「テレーズお姉さまは闇の魔法を使用することを、忌み嫌っています。」

 その言葉はテレーズが闇の魔法を使用できる事を意味していた。

「闇の魔法の使用を嫌い、武術で自らを律し、魔法以外の力を求め続けてきたテレーズお姉さま。それなのに・・・。」

 フローはそこで一度言葉を切り、僕の方に目を向けた。

「それなのに、今日は使用しました。躊躇いもなく。」

 あれのことか・・・。

 僕はテレーズ王女がアシュタフとから守ってくれた時の事を思い出した。

「あれは、闇の魔法なのか・・・闇の魔法とはいったい・・・。」

 僕の言葉に、今度はテレーズが首を横に振った。

「闇の魔法に関しては、ほとんど何も分かっていません。テレーズお姉さまが研究に協力してくれないんです。」

 闇の魔法に関して、何も分かっていないのはそういう理由か・・・。

「一国の王女、しかも第一王女に研究を強要することもできませんしね。」

 それは、僕は闇の魔法の研究を強要されるということかな?

「ここに居られましたか、フローレンス様。」

 テラス席の外側、垣根の向こう側からフローを呼ぶ声が聞こえた。

 そこには、長身で白髪の男が立っていた。以前、このメインストリートで、フローと一緒にいるのを見かけた紳士だ。

「お疲れ様です、エドワード。思ったよりも遅かったですね。」

「これは手厳しい。しかし、校門でお待ちするようにお伝えしたのに、お聞きにならなかった王女にも否はあるかと思いますが。」

 エドワードと呼ばれた紳士は白い歯を見せた。同時にフローも楽しそうに笑う。

 どうやらこの二人の関係は、とても良いものらしい。

「ロゼライト様。」

 突然、声をかけられた。

 何故、僕の名前を知っているのだろうかということも気になるが、その事に関しては気にしないことにした。

「本日はフローレンス王女が、とんだ迷惑をおかけしました。」

 僕の正面で、フローが不満の表情を見せる。

「本日は、これにて失礼させていただきます。良いですね、フローレンス様。」

 フローが無言で頷く。有無を言わさぬエドワードの態度に、さすがのフローも従うしかないようだ。

「それでは失礼致します。」

 そう言ったエドワードは、カフェの飲食代には十分すぎる金額をテーブルに置いて去っていった。

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