第7話 3人の王女(6)
今のはいったい何だったのだろうか。
僕はたった今目の前で起こった現象を、理解できずにいた。
人が消えるなんて、見たことも聞いたことも無い魔法だ。まるで狐にでも包まれた気分だ。
僕の事を知っていたようだが、いったい誰だったのだろうか?
僕は考えに耽った、もちろん危険なアシュタフの頭を踏みつけて気を失わせておくことは忘れてはならない。
漆黒のような黒い髪、鋭い視線・・・どこかで、確かにどこかで見かけている。
あと少しで思い出せる気がするのに・・・。
こういうとき、記憶を呼び起こす魔法があれば良いのにと、本気で思う。
「ロゼライトさん、何があったんですか?」
「うわっ!」
突然、後ろから話しかけられて、僕は心臓が飛び出るくらい驚いた。
後ろにいたのはフロー。
そういえば、待ち合わせしてたんだった。色々あってすっかり忘れていた。
「あーあぁ、どうするんですか?」
まずいな。同級生と言えども、フローは王女だ。このまま騎士団に通報でもされたら、僕は前科者となってしまう。
立場的に見てもこの状況を、報告しないという選択肢は無いだろう。
「そうですね。・・・とりあえず、逃げますか。」
そう言ったフローは僕の手を取り、一目散に逃げ出した。突然の展開に頭がついていかない。
走りながらフローの表情を盗み見た。「何故か」と言うべきなのか「やはり」と言うべきなのかは分からないが、やけに楽しそうな表情をしていた。
「フロー、誰かに、報告しないと。」
メインストリートの路地裏まで走った僕は、息を切らせながらフローに言った。
「ここまで逃げておいて、それ言います?」
額に張り付いた前髪を気にしながら、フローが答えた。何が楽しいのか、フローは今にも吹き出しそうな表情だ。
「でも大丈夫です。三人とも気を失っていただけみたいですし、すぐに執事のエドワードが来る手はずになっていましたから。」
エドワードというのは、初日に見かけた初老の執事の事だろう。
「じゃあ、行きましょうか、ロゼライトさん。」
フローがメインストリートの方に向かって歩き出した。
「ちょっと待って、せめてエドワードを迎えに行かなくちゃ。」
「良いじゃないですが。学園以外でのひとり歩きは禁止されていますが、今日は幸いロゼライトさんもいますので、ひとりにはなりませんし。」
そういう事を言っているんじゃないのだが。というか、とんでもない事を言う王女様だ。何かあった時の責任は、すべて僕に背負わせるつもりか?!
とは言え王女の願いを断ることができるはずもなく、僕は仕方なく後に続いた。
この街に来た初日にも思ったが、メインストリートには武器や魔道具といった戦闘に用いる物を扱っている店が無い。
あるのは、洋服や雑貨、装飾品といった類のものや、カフェやレストランなどの外食産業の店舗だ。
「ロゼライトさん、どっちが可愛いと思いますか?」
フローが左右の手にワンピースを持ちながら聞いてきた。右手には淡いブルーのワンピース、左手にはピンクのワンピースを持っている。
・・・正直に言おう、良く分からん。
「そ、そうだな、ブルーの方が似合う気がする。」
「そうですよね!私もそう思っていたんです。でも、ピンクも捨てがたいんですよね〜。」
真剣な顔で、ふたつのワンピースを見比べるフロー。
「よし!両方買っちゃいましょう!」
じゃあ、何故聞いた?!
心の中でツッコミを入れる僕。
「ちょっと待ってて下さい。店員さんに言ってきます。」
そう言ったフローは、店の奥の方に歩いて行った。
僕は店内を見回す。
天井からぶら下がった大きなシャンデリア。
贅沢に空間をを使った展示スペース。
機能より装飾に重点を置いた商品の数々。
僕の場違い感が半端ない。
僕は恐る恐る、近くにあったドレスの値札を手にとって確認した。
「おうっ。」
目眩を覚えるとは、こういうことか。
これ一着分のお金で、僕は一ヶ月は生活できるぞ。
「ロゼライトさん、お待たせしました。」
戻ってきたフローは何も持っていなかった。
買うのはやめたのだろうか。
それもそうか。学園にそんなに大金を持ってきてるわけないし、ここまで高額な商品を買うには、王女と言えども親の許可が必要だろう。
「買うのはやめたんだね。」
そう言う僕の声に、フローは不思議そうな顔をしている。
「何故やめるのですか?あぁ、荷物になるからですね。ご心配なく。ここで頼めば、ワンピースはお城に届きますよ。」
フローは当たり前のように答えた。
「お金は?そんなに多くは学園には持ってきてないだろう?」
「お金ですか?お店のご厚意でしょうか?いつも頂いているので、気にしたことが無かったですね。」
そうな訳は無いだろう!!
ここれが本物のセレブという物なのだろうか?
「今度、フローにはお金の価値っていうものをちゃんと教えなきゃならないな。」
僕は眉間が痛くなるのを感じた。
「ロゼライトさん、さっきの話は本当ですよね?!」
店を出たあと、フローが嬉々として話しているのは、僕が「お金の価値を教える」といった話のことだ。
独り言を言ったつもりであったが、フローにはしっかり聞こえていたようで、さっきから「本当に教えてくれるのか」「いつ教えてくれるのか」などと嬉しそうに聞いてくる。
まったく、珍しい王女様もいたものだ。
僕達はメインストリートを二時間ほど散策したあと、フローに「美味しいカフェがある」と言われたので、その店に向かっている。
そう言えば、この街についた日にこの辺りでシャルロット王女のパレードを見たんだった。
確かこの細い路地を超えた先で、もみくちゃにされながら・・・。
路地・・・そうだ、この路地で怪しい女を見かけんだ。漆黒のような黒髪、鋭い目、まるで暗殺者のような・・・。
シャルロット王女暗殺。
脳裏に浮かんだ不吉な言葉。
「フロー、大変だ。シャルロット王女の身が危ないかもしれない。」
僕はフローの両肩を掴んで言った。
「ど、どうしたんですか?急に。」
面食らった顔のフロー。
「この間のパレードの時に、ここの路地で見たんだよ。きっとあれは暗殺者だ。」
フローの肩から手を離し、あの時の記憶を呼び戻していく。
漆黒のような黒髪、一点を凝視する鋭い目、自然体でいながらも自分の周り全てを警戒するような隙の無い姿、いや意識と言うべきか。相当手練の暗殺者と思って、間違いないだろう。
僕はフローにあの時のの状況を、事細かく説明した。フローの顔色がみるみるうちに変わっていく。
「ロゼライトさん、それは・・・。」
そういえば、僕は彼女にもう一度会っている気がする。いつだったか?
思い出せ。帝国の一大事だ。
「ロゼライトさん、それはきっと・・・。」
記憶を辿れ。どんなに小さな記憶でもいい。
「それはきっと・・・テレーズお姉さまです。」
はい?!
「濡れたような艶のある黒髪、切れ長の目、武術を嗜むお姉さま特有の身のこなし。どんなときも私達が姉妹を見守ってくれている優しさ。特徴がすべて一致してます。」
思い出した。
もう一度会ったというのは、さっき学校でアシュタフに絡まれたときだ。
「ほら、今もあの路地から、私達を見ていますよ。」
フローが指さした先の路地に目をやると、確かにこちらの様子を伺う人影がひとつ。
僕と目が合った黒髪の女性は、一瞬ビクッとして路地裏に隠れ、しばらくするとまた顔を半分だけ出してこちらを伺ってきた。
もちろん僕達の視線は、路地に向けたままだ。
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