第6話 3人の王女(5)

 先生が帰ってきたのは、導師の生徒たちを連れてから一時間以上経ってからだった。

 僕とフローが実験体?

 俄には信じがたい話だが、そう説明されれば全てに納得がいった。

 突然送られてきた招待状。

 破格の待遇。

 学園の先生の態度。

 だとしたら、これから何が行われるのだろう。いきなり解剖されるって事は無いと思うが。

「ここから先は高度魔術実験室だ。一般の生徒たちの立ち入りは禁止されている。」

 そう言って案内されたのは、北棟の地下室だった。

 ここでは日々、新しい魔法の研究がされているらしい。

 学園の他の場所よりも、少し寒い気がする。

 これは悪寒か?いや、石造りの建物であり、北側で日が当たり難いからであると信じたい。

「呼び出される場合もあると思うが、その場合は速やかに従うように。」

 立ち入り禁止なのに呼び出されるのか?

 説明に矛盾を感じてフローの方を見るが、特に疑問を持ってはいないようだ。

 もしかしたら既に知っていたのかもしれない。

 その後は学園内の設備を軽く回り、終了となった。

 魔術の基礎知識の講義は導師と合同で行うが、賢者と魔人の実技指導は北棟の実技室で行うらしい。すぐに高度魔術実験室に、呼び出せるようにという事なのだろう。

 ガイダンスも導師と一緒に説明しなかったのは、この辺が理由なのだと推測できた。

 しかし当面は僕達の魔力の向上を優先するようだ。学園は魔術を教える気がないと、フローが言っていたが、実験体として使うにもある程度の知識と実力が必要という訳だろう。

 ちょうど良い、存分に鍛えて貰おうと僕は思った。


 外に出ると、南に昇った太陽が僕の頬を優しく照らした。

 南棟が陽光を受け、地面に影を作り出していた。

 今日はガイダンスだけで終了。実際の講義は明日から始まる。最初は退屈な座学が中心だ。頑張って講義中に眠らないようにしなければならない。

 フローの言葉の真偽の程は明らかではないが、悩んでも答えが出るわけでもないし、ひとまず学園生活を楽しむことにしよう。

 では昼飯!

 その後は商店街を回ろうと思う。

 入学前はゆっくりと街を見物することができなかったから、今日は半日かけてゆっくりと回るつもりだ。

 フローが一緒に回りたいと言っていたので、校門のところで待ち合わせとなった。

 随分と自由な王女様だ。もしかしたら初日に見た初老の執事もついてくるのかもしれない。

 僕はいくつかある校門のうち東門で、フローを待った。東門から少し歩くと、メインストリートにぶつかるからだ。

 フローはメインストリートにある洋服屋や雑貨屋を回るのが好きらしい。今日はこの街を探索するのが目的だが、フローの買い物に突き合わされる予感がしてならない。

「おっ、賢者様。また会いましたね。」

 柱に寄りかかって待っていたら、突然後ろから声をかけられた。

 この声、この他人を見下した言い方、振り向かなくても分かる、アシュタフだ。

 いや、アシュタフ御一行と言うべきか。

 さっきと同様、アシュタフの後ろにはふたりの取り巻きが付属品のように付いていた。

「おい、賢者!」

 いきなり顔を近づけて、威嚇してくるアシュタフ。

 この隙だらけの顔は、いきなり殴ってしまっても良いのだろうか。

 いやいやいやいや、ただでさえ初日から目立ちまくっているんだ。ここはできるだけ穏便に済ませること考えるんだ。

「おい、賢者。覚えておけ。」

 うっ、息が臭い。

「伝説がどうかは関係ない、この学園では魔力が強いやつが偉いんだ。」

 そう言うと、アシュタフは自分の右手に魔力を込め始めた。手のひらに赤い炎が出現する。

 こいつ本気か?

 こんな所で魔法を使う気なのか?!

 壁と自分の体で炎がをうまく隠している。嫌なやつだが、ただの馬鹿じゃないようだ。

 こうなったら、最後の手段だ!

「助けて下さーい!」

 僕はたまたま通りかかった、漆黒のような黒髪を、肩のあたりで切り揃えた女性徒に声をかけた。

 青のブレザーを着ている所から、術士であると推測できる。

 アシュタフの顔色が、みるみると変わっていく。

 見たか!必殺、救援要請!

「マジか?!普通、いきなり助けを求めるか?!」

 普通がどうかは知らないけど、これが一番良い対処法のはずだ。

 これで黒髪の彼女が先生でも読んでくれれば、アシュタフ御一行は厳重注意。うまくいけば入学早々停学だ。

 さあ、早く先生を探して大声を上げてくれ。僕は期待のこもった視線を黒髪の彼女に送る。

 しかし僕の期待とは裏腹に、黒髪の彼女はこちらを一瞥すると、そのまま通り過ぎていった。

 ・・・。

 え?無視ですか?

 そんな事あります?

 絡んできたアシュタフ御一行さえも呆気にとられ、黒髪の彼女を目で追っていた。

「ざ、残念だったな。え〜と、痛い目を見させてやる。」

 アシュタフは目一杯凄んでいるつもりだろうが、途中に妙な間があったので、全然迫力が無い。むしろ滑稽に思える。

 とは言え、アシュタフの右手に現れた炎はどうにかしなければならない。

「仕方がないか。」

 あまり気は進まないが・・・。

 文字通り、降りかかる火の粉は払わなければならない。


 両膝を軽く曲げて、重心を落とす。

 体重は両足の親指の付け根に均等に乗せ、ほんの少しだけ踵を上げる。

 僕は鋭く息を吐くと同時に、アシュタフの左足の近くに右足を移動させ、その右足を支点に左足を引き寄せると、そのまま体を反転させた。

 素早く体を入れ替えた僕は、左手で魔力のこもったアシュタフの右手を抑え込み、右手で胸ぐらを掴むと壁に押し付けた。

 何が起こったのか理解できないのか、アシュタフはただただ目を白黒させていた。

「ま、魔法か?」

 違う、これが体術だ。

 素人には魔法のように見えるだろう。精霊の力を借りなくても、人は強くなれるのだ。

「お前ら、何してるんだ。」

 呆気にとられている取り巻きたちに、アシュタフが声をかけた。

「は、はい。すいません。」

 取り巻きの二人が右手に魔力を込める。

 魔法というのはイメージ力だ。自分の加護精霊の能力に、どれだけ明確なビジョンを重ねられるかが力を発動する鍵となる。

 学園に入学したばかりの新入生が、素早く魔法を発動できるとは思えない。

 僕は左手で掴んだアシュタフの右手を引き上げ、反転しながらその腕を担ぐ。

 担ぐと同時に僕はアシュタフ腕を掴んでいた左右の手を入れ替え、左手で鳩尾に肘を入れ、そのままアシュタフを背負い投げ飛ばした。

 さすがにアシュタフの右手に込めた魔力は消失したようだった。

 アシュタフが、暫く動けそうもないことを確認すると、今度は取り巻きの二人の方に走る。

 僕は並んだ二人の右側の男に、ターゲットを絞った。

 理由はふたつ。

 ひとつめは、二人とも右手に魔力を込めていたからだ。右手から自分の左手側に魔法を発動しようとすると、体を反転して左側に向かなければならないので、初動が少し遅れる。

 ふたつめの理由は、右側の男の左手側に位置取りをすれば、この男が邪魔になって仲間の男が魔法を当てづらくなるからだ。

 対人戦の基本である。

 ターゲットではない方の男が、ターゲットの背中に隠れるような位置を取る。

 オーソドックス、つまり左足が前になるように構えていた僕は、素早く右足と左足をスイッチしてから右足の親指の付け根に体重を乗せると、相手の鳩尾に左足の廻し蹴りを叩き込んだ。

 相手の体がくの字に曲がる。

 頭が下がった所に、素早く地面を蹴った左足が再度跳ね上がった。

 左足に硬いものを蹴った感触が、伝わってきた。男の体が、ぐらりと傾く。

 気を失い、前のめりに倒れた男を飛び越えた僕は、もう一人の取り巻きとの間合いを素早く詰めた。

 混乱し、無防備になった男との間合いを詰めるのは容易い。

 低く、そして素早く相手の懐に入った僕は、左手の掌底で相手の顎をかち上げると、がら空きになった鳩尾に右の正拳を突き込んだ。

 泡を吹きながら倒れる男。

 少しやりすぎたか・・・。

 そう思い、視線を男に向けた瞬間だった。

「いい気になるなよ!」

 アシュタフの声だった。

 しまった油断した。

 アシュタフの右手には、燃え盛る火球の姿があった。それほど大きくはないが、直撃したら火傷では済まない。

 間髪入れず、放たれる火球。

 駄目だ。避けられるタイミングではない。

 学園内で魔法を放つ暴挙に出る者などいないだろうと、たかをくくっていた代償だ。

 僕は顔の前で腕を交差させて、防御の姿勢をとった。しかし、この行動にどれ程の効果があると言うのだ。

「まだまだだな、賢者。」

 目をつぶった僕に聞こえてきたのは、落ち着いた女性の声。

 目を開けると、先ほどの黒髪の女性が火球を弾き返したところだった。

 いや、心なしか少し肌が黒い。

 僕が呆気にとられていると、女性は振り返り微笑むと、一瞬のうちに何も無い空間に吸い込まれ姿を消した。

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