第5話 3人の王女(4)

 校舎に入った僕たちは、掲示板に張り出されていた案内通り、東の塔の階段を昇り二階へと進んだ。

 さっきのゴタゴタで、随分と時間を食ってしまった。多分、僕たちが最後だろう。

 二階に上がると、いくつもの教室が並んでいた。探す教室は小講堂2。

 ルディ達術士は小講堂1に、導師は小講堂2に集合らしい。

 ちなみに、掲示板には取ってつけたように「賢者、並びに魔人の方も小講堂2に集まってください」と書いてあった。

 こういったふとした瞬間に、学園の期待の度合いを感じてしまい憂鬱となる。

 小講堂の前に付いた。左側のドアが小講堂1、右側のドアが小講堂2だ。既に通路を歩いている生徒の姿はない。ガイダンスは始まってしまったのだろうか?

 ルディと別れた僕は、恐る恐る小講堂のドアを開けた。

 案の定、皆の視線が僕に注がれる。

 良かった、ガイダンスはまだ始まっていない。

 皆着席していたが、担当の先生は来ていない為、近くの生徒とおしゃべりをしているようだ。

 僕は軽く背筋を伸ばすと、ネクタイを直し、空いている席を探した。

 良かった、後ろの方の席が結構空いている。入学式では一番前に座らされたが、なるべく目立たないように過ごしたい。

「んー、コホン。」

 僕のすぐ後ろから、咳払いが聞こえた。

 ゆっくりと後ろを振り返る。この流れはまさか・・・。

 案の定、僕の後ろには紙の束を持った、長身の先生が立っていた。

「早く席につきなさい。」

 ギョロリとよく動く目が、僕を見下ろしながら言った。背筋が凍りつく、いや、この状況は、蛇に睨まれた蛙と言うべきか。

 この先生はヤバい。

 本能がそう言っていた。

「はい、すいません。」

 僕は急いで後ろの方の席に向かった。全く、平穏無事とは縁遠い。初日からこの有様だ。

「ロゼライト君、君の席はそっちじゃないぞ。」

 先生が僕の背中に声をかけた。

 なぜ、僕の名前を知っているのだろうかと思ったが、確認できる雰囲気ではない。

 どうやら席は決められていたようだ。

 皆が僕を笑っている顔が目に入った。何て日だ!


 小講堂は扇形の形をしている。

 円の中心、扇でいうと要の部分に教壇があり、その方向に向くようにして机が並べられていた。

 机は階段状になっていて、後ろの方の席からも黒板がよく見える構造になっている。

 逆に言うと後ろの方の席に座っても、先生には丸見えと言うことだ。講義中寝るときは気をつけなければ。

「入学早々、目立ってますね。なかなかできることではありません。凄いです。」

 僕の隣はフローレンス王女だ。

 嫌味なのか、本気なのか分からないので顔でフローレンス王女が僕を称賛する。

 席についたときはフローレンス王女が隣にいることにびっくりしたが、よく考えれば当たり前だ。

 何しろここは、導師達のガイダンスの場である。賢者と魔人という異端児は一緒にしておいたほうが都合が良いのだろう。

「説明は以上だ。質問がなければ、導師諸君は付いてこい。賢者と魔人は講堂に待機。」

 ガイダンスを終え、先生は導師の生徒を連れてどこかに行ってしまった。

 小講堂に、沈黙が訪れた。

 き、気まずい。

 何を話せばいいと言うんだ。

「あの、はじめまして。私フローレンスと申します。一応、この国の第三王女です。」

 いや、さすがの僕でも、それくらいは知ってるってば!

「あの、あなたのお名前は?」

 そうか、自己紹介か。初対面なら当たり前にやることを、すっかり忘れていた。

「僕は・・・いや、私はロゼライトと申します。本日より魔術学園に入学しました。よろしくお願いします。」

 相手は王女だ。失礼があってはいけない。丁寧な対応を心がけなければ。

 ふと、フローレンス王女と目が合った。「どうしました?」とでも言いたそうに僕の顔を覗き込むフローレンス王女は、入学式や先ほどのトラブル仲裁のときに見せた自信に満ち溢れていた雰囲気とは全く違い、心地よく柔らかい感じがした。

「私のことは、フローとでも呼んで下さい。皆そう呼びます。それと、同級生なのだから敬語も不要です。」

 フローレンス王女、いやフローはそう言うと微笑んだ。

「分かったよ、フロー。じゃあフローも僕に対して敬語は使わなくて良いからね。何しろ同級生なんだから。」

 そう僕が言うと、フローは少し困惑気味だ。

「そ、そうですよね。同級生なのだから私も敬語で話したら変ですよね。が、頑張ります。」

 なぜかフローは、両手を握りしめながら言った。まるで誰かに宣言しているみたいだ。

「先生、戻ってこないね。」

 導師の生徒を連れて行ってから、随分と時間が経った。さすがに待つのも疲れてくる。

「そうですね。しばらく戻って来ないと思いますよ。」

 フローが当たり前だとでも言いたいような口調で言った。

「そもそも、この学園の先生たちは、私達に魔術を教える気はありませんから。」

 聞き捨てならない事を言うフロー。

「ロゼライトさんは、私達が何でこの学園に呼ばれたかは説明されてないんですね。」

 立ち上がったフローは、僕の目の前まで移動すると、振り返りながら言った。

「私達は実験体です。賢者と魔人、伝説と呼ばれている存在。言わば超レアなサンプル。」

 フローは、左手の人差し指を立てて言った。

「目の前に伝説と呼ばれている実験体がいるんです。魔術研究者達は、喉から手が出るほど欲しがるでしょうね。」

 なるほど、だから僕は学費免除なのか。

「伝説の存在なら、闇と光の王女がいるじゃないか?そっちの実験はしないのか?」

 フローの言葉に思わず口を挟んでしまった。これが事実なら大問題だ。こんな学園、すぐにでも出ていってやる。

「王女で実験をやるっていうのは、なかなか難しいかもしれませんね。」

「そんなことを言ったら、フローだって王女じゃないか。」

「私ですか?私は自分から志願しました。」

 そう言うフローは、どこか楽しそうだ。

「伝説と呼ばれている、光の加護、闇の加護、賢者、魔神が同時期に生まれた。ロゼライトさん、これは偶然でしょうか?」

 机の前を往復して説明していたフローが、こちらを振り向いて言った。

「私は何か因果関係があると思えてなりません。しかも私達王族に纏わる因果関係が。興味深いと思いませんか?」

 興奮してきたのか、フローの声が段々と大きくなる。

「でも、僕は王族じゃない。」

 僕は反論するが、待ってましたとばかりにフローが顔を近づけてきた。

「そうです!そこです!」

 近い、顔が近いって!

「なぜ賢者のみが王族では無かったのか。私には、ロゼライトさんが重要な鍵のような気がしてならないのですよ。」

 そこまで言うとフローは我に返ったのか、突然顔を赤らめて自分の席にちょこんと座った。

「す、すいません。私、興味があることになるとちょっと周りが見えなくなっちゃうみたいで、」

 さっきまでとは打って変わって、フローは怯えた小動物のように小さくなっていた。

「えっと、だから、ロゼライトさんにも色々協力してもらえると、その、嬉しいです。」

 これで嫌と言ったら、完全な悪役だ。

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