第4話 3人の王女(3)
入学式が終わり大講堂から出た僕は、講堂から続く渡り廊下に差し込む日差しを手で遮りながら目を細めた。
長々と二時間ほどかかった入学式の後は、掲示板に貼り出されているクラスごとに別れ、ガイダンスを受けるらしい。
お腹が空いたな。
今更になって、朝食を抜いてきたことに後悔した。
「ロゼライト、掲示板ってあれじゃないかな?」
僕の隣を歩くルディが言った。
ルディは僕と同じく、王都から遠く離れたトゥラドナという村出身らしい。
確かにルディが僕以外の学生と話しているのを見たことがない。僕と同様に、一人で田舎から出てきているのかもしれない。
そう思うと人懐っこそうな笑顔と、小動物のようにキョロキョロ周りを伺う仕草に対して親近感を持つから不思議だ。
太陽は随分と高くまで昇り、暖かな春の日差しを降り注いでいる。今日もいい天気になりそうだ。
大講堂のすぐ横にそびえるのが、僕たちがこれから魔術を学ぶ校舎だ。
中庭を囲うように建った巨大な校舎には、四隅に高い塔がそびえ立っている。
なんでも、塔のてっぺんには魔力障壁を制御する装置がついていて、中庭で大きな魔法の実験が行われたとしても、学園の外に被害が及ばないようになっているらしい。
「おい、賢者がいるぞ。」
誰かの会話が聞こえてきた。
「恥ずかしくないのかね。」
まったく、何で自分の悪口だけはよく聞こえるのだろうか。今までもこの様な事は度々あった。
対処法は決まっている。相手にしないことだ。そのうち相手も飽きて、去っていくことが多い。
「おっと。」
そんな事を考えていた僕は、突然の後ろからの衝撃にバランスを崩し、床に手を付いた。
後ろから誰かに突き飛ばされたのだ。
「ロゼライト、大丈夫?」
ルディが心配そうに覗き込む。
「おやおや、こんな所に伝説の賢者様がいましたか、魔力が小さすぎて気付きませんでしたよ。」
僕の後ろには青いブレザーを着た男が立っていた瞳の色が微かに赤い。炎の精霊を加護を受けた術士か?
入学式早々絡まれるとは、とんだ災難だ。
「確か、ここの学園に入る為には難しい試験があったはずですけど、おかしなことに魔術の才能が無い者の臭いがしますね。」
取り巻きだろうか。数人の学生が彼の周りでニヤニヤと笑みを浮かべながら立っている。
相手までの距離は、大体2メートルと行ったところか。
僕は右手の拳を握りしめた。
この距離であれば、魔法を発動するよりも先に僕の拳が相手を捉えるだろう。
相手はベタ足で、踵に重心がかかっている様に見える。すぐに動ける体勢をとっていないことから、武術の類の教育は受けていない事が分かる。
賢者である僕が、体術や剣術を習いだしたのは3才のときからだ。
魔法の才能が無いことが分かっていたから、両親が嫌がる僕を無理やり道場に通わせたのだ。
10年以上やっていれば、それなりの技術は身につく。おかげで、接近戦であれば負ける気はしない。
「アシュタフさん、こいつ動かなくなっちゃいましたよ。」
取り巻きの一人が近づいてきた。
「賢者様、どうされましたかぁ?」
アシュタフと呼ばれた学生が僕の顔を覗き込んだ。人を馬鹿に仕切っているその表情に、虫唾が走る。
このまま地面についている手を握りしめてこいつの顎に叩き込めば、無様に倒れる事だろう。
目の前にあるアシュタフの左顎を、顔の対角線上に向って打ち抜く。それだけで脳が揺られ、人は意識を失う。簡単な事だ。
右足の親指で地面を噛み、拳を小指側から握り直す。後は右足で地面を蹴ると同時に、顎に向かって拳を・・・。
「それは魔神である私も、ここにいるのは不適切と言っているのでしょうか?」
大講堂の入り口付近から、声が発せられた。
途端に周りの喧騒が静まる。
黒のブレザーに身を包んだ女生徒。僕と同じく世界に一人しか存在しない、生まれながらにして弱者のレッテルを貼られた者。
魔神、フローレンス。
「いや、たまたま彼が躓いたので、手を貸そうかと思って。」
さっきまでの威勢はどこに行ったのか。アシュタフがしどろもどろになりながら答えた。
「そうですか、私の勘違いなら良いのですが、良からぬ声が聞こえた気がしたので。」
彼女の佇まいは、相も変わらず堂々としていた。
フローレンス王女がツカツカと歩み寄ってくる。
それを見たアシュタフは「失礼します。」とだけ言うと、足早に校舎の方へ去って行った。取り巻きたちが後を追う。
「大丈夫ですか?」
そう言って、フローレンス王女が手を差し出してくる。
さすがに手を借りるのはかっこ悪いだろうと思い、僕は丁重にお断りをして立ち上がった。
フローレンス王女の表情が、心なしか少し不満そうに見えるのは僕の気のせいだろうか。
「学園内にあのような者がいるとは、この学園のレベルも大したことがないのかもしれませんね。」
フローレンス王女は溜息を吐きながら言った。
「魔力や知識だけで、人間を評価してはいけないという事です。」
フローレンス王女はそれだけ言うと、校舎に入って行った。
周りにいた野次馬たちも、何事もなかったかのようにゾロゾロと校舎に入っていく。
ふと、ルディと目があった。
「ごめん、ロゼライト。」
目を伏せながらルディが言った。
「僕、何もできなかった。」
申し訳なさそうに、そう言うルディ。
そんな事は当たり前だ。誰も昨日会ったばかりの人の為に危険を犯そうという者はいない。
いるとすれば、ただの喧嘩好きか、よっぽどのお人好しぐらいだ。
「何も無かったんだ、別に良いじゃないか。」
僕はなるべく明るい声で、ルディに言った。
「それより、早く教室に行こう。ガイダンスが始まっちゃう。」
頷くルディを横目に、僕は校舎への入り口をくぐった。
フローレンス王女と僕の違いは何なのだろう。
いくら体を鍛えても、いくら技を磨いても、確固たる自信を得ることはできなかった。
弱者として蔑まれてきた、これまでの人生。
フローレンス王女も同じように、いや僕以上に他者と比較され続けたことは容易に想像できる。
彼女に対して嫉妬にも似た感情が湧き上がってくる。
自分に無く、彼女にある物は何なのか。
それを見つけることによって、自分は変わることができるのではないかと思えた。
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