第3話 3人の王女(2)

 机の横にある窓から差し込む朝日で、目が覚めた。カーテンの間から伸びる日の光は、細長い光の姿を床に形作っていた。

 僕は大きく伸びをすると、両肩を軽くストレッチで伸ばす。慣れないベッドに寝たからか、やけに肩が凝っている。

 いい天気だ。

 カーテンを開け、日の光を手で遮りながら、僕は思った。

 窓とは反対側。廊下へと続くドアの向こう側からは、既に起床した生徒達の足音がいくつも聞こえてきた。

 忙しなく行き来する足音。

 きっと、今日という日はいつも以上に忙しなくしているのだろう。

 今日は帝国魔術学園の入学式だ。

 帝国魔術学園とは、帝国各地から魔術に優れた者たちが集う学び舎である。

 入学するには難関の試験を突破しなければならない。

 真意のほどは定かではないが、腕に覚えのある学生がこぞって入学を希望するが、そのほとんどの学生が入学することができないと言われている。

 ちなみに僕は試験を受けていない。

 賢者に生まれてしまった僕が魔術学園で学んだとしても、絶対的な魔法力の弱さのため、将来役に立つとは思えなかったからだ。

 そんな僕のもとに届いたのが、魔術学園の推薦状。しかも学費はタダ。

 一瞬、騙されているのではないかとも思ったが、僕なんかを騙しても得をする人はいない。また、家業である鍛冶屋を継ぐのは卒業してからでも良いだろうということになり、今この場にいるという訳だ。

 さて、そろそろ朝の準備をしよう。

 ブラウスを着て、グレーのスラックスを穿く。

 クラス指定の紺のブレザーに袖を通して、学園指定の紺のネクタイを締める。

「今日は朝食を抜いて行こう。」

 昨日の今日だ。何なくルディとは顔を合わせづらい。

 緊張の為かあまり食欲が無かったのも、食事を抜こうと思ったひとつの理由であった。

 寮と学園は隣同士のため、歩いても五分とかからない。近いのは楽でいいが、意識して出歩かないと寮と学園の行き来だけで青春が終わってしまいそうだ。

 時間はまだ早いが、僕は学園へと向かうことにした。新入生は講堂集合だったはずだ。なるべく目立たない端の席に座りたい。

 そう思った僕は、みんなより一足早く学園に向かうことにした。


 何故、こうなったのだろう?

 僕は入学式が行われる大講堂の一番前の席の真ん中に座っていた。

 予定通り、講堂にはかなり早めに着いた。

 早めに着いたのに、学園長やら教務主任やらがワラワラと集まってきて、あれよあれよという間にこんな目立つ席に座らされてしまったのだ。

 視線が痛い。

 後ろから聞こえてくる雑談が、全て自分の事を言っている様に聞こえてしまう。

 ――おい、アイツのブレザー、紺だぜ。

 ――賢者だよ、賢者。ダサくねぇ?

 ――名前ばっかりで使えないんでしょ?

 いや、分かってる。

 これは僕の中の劣等感がそう思わせているだけ。言うなれば幻聴なんだ。

 自意識過剰にも程がある。

 みんな、自分のことで手一杯なはずだ。僕に興味を持つ人間など、いるはずが無いのだ。

「君、賢者だったんだね。」

 後ろから肩を叩かれた。

 これは幻聴。これは幻聴。

 頭の中で繰り返す。

「ねえ、ロゼライトってば。」

 幻聴じゃなかったー!

 振り返ると、ルディが後ろの席から話しかけていた。

 ちくしょう!相変わらず、クリクリの目が可愛いじゃないか。今はその無垢な視線がとても痛いぜ。

「ルディ、ごめん!騙すつもりじゃなかったんだ。」

 僕は両手を合わせ、昨日自分が賢者だということを黙っていたことに対する謝罪をした。

「そんなこと良いよ。僕も話しづらくしちゃったかもしれないしね。」

 ルディは手をパタパタとしながら言った。

 何て良いヤツ何だ。

 もしかしたら都会っていうのは、賢者に対して優しい人が多いのかもなどと、淡い期待を持ってしまう。

「それにしても・・・伝説って言っても案外普通だね。」

 僕のことをまじまじと見ながらルディが言った。

 それはそうだ。加護精霊の数が違うだけで、同じ人間なのだから。

 そうこうしていると、司会の先生と思われる男性が壇上に上がり、何やら話し始めた。

 入学式が始まったのだ。

 長ったらしい学園長の挨拶から始まり、教務主任、保護者代表の挨拶と、退屈な時間が過ぎていく。

「次は、新入生代表・・・。」

 急に周りがざわめきだした。

 周りの声に耳を澄ます。

「今年も奇跡の三姉妹の入学だってよ。」

「三人目は魔人らしいぞ。」

「でも、魔人って魔力弱いんでしょ?」

 奇跡の三姉妹。

 田舎育ちの僕でも、その言葉だけは聞いたことはある。

 何が奇跡なのかは、正直よく知らない。知ろうともしなかった。

 故郷で生活する上では、必要のない知識だったからだ。

「フローレンス王女、壇上へお上がりください。」

「はい」

 フローレンスと呼ばれた女生徒が、よく通るきれいな声で返事をして立ち上がった。

 一際目立つ黒いブレザーを身に着け、銀髪を肩まで伸ばした、美しいと言うよりは可愛いと言った方がしっくりくる少女だ。

「フローレンス・・・。」

 そうだ、昨日大通りで見かけた人だ。

 良家のお嬢様だとは思っていたが、王女だったとは驚きだ。

「帝国魔術学園に入学するにあたり、我々新入生は・・・。」

 黒いブレザー。

 その色のブレザーは僕の着ている紺のブレザーと同様、学園創立依頼、誰もにも支給されたことのない色。

 そうか、彼女が奇跡の三姉妹の三女。

 魔人がいる。

 しかも同級生に。

 初めて覚える親近感。

 生まれながらにして、弱者のレッテルを貼られている者。

 しかし壇上に立つフローレンスの姿は、そんな事など微塵も感じさせないほど、堂々としていた。


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