3人の王女

第2話 3人の王女(1)

「あぁ、疲れた。」

 僕は部屋に帰ると、体を投げ出すようにベッドに倒れ込んだ。

 ここは、魔術学園に併設されている寮の一室。

 一人で過ごすには丁度良いぐらいの少し狭い空間に、シングルベッドと小さめの机が置いてある。

 机の脇には魔術書を20冊も入れればいっぱいになってしまいそうな小さな本棚、ベッドの足側にはクローゼットがそれぞれ設置されている。

 魔術学園の寮は通常ふたり相部屋なのであるが、僕には個室が準備されていた。これは僕の特異的な加護によるものだろう。

 先程、学園で配られた基礎魔術の教科書を、寝転びながら開く。

 ベッドが安物なのか、動くたびにマットのスプリングがギシギシと音を立てる。

 教科書の表紙の裏に見慣れた文言が書いてあった。


 すべての人間は精霊の加護を受ける。

 一つの精霊の加護を受けた人間を術士。

 二つの精霊の加護を受けた人間を導師。

 三つの精霊の加護を受けた人間を賢者。

 四つ以上の精霊の加護を受けた人間を魔人と呼ぶ。


 ここでいう、精霊というのは地・水・火・風・光・闇の六大精霊を指す。

 そうは言っても、光と闇の二種類の精霊の加護を受けている人間はずっと生まれることはなく、伝説の存在と言われていた。

 しかし僕の生まれる一年前、王家に奇跡の双子が生まれた。

 それが、闇の精霊の加護を受ける長女テレーズと光の精霊の加護を受ける次女シャルロットだ。

 また、賢者と魔人も伝説の存在とされており、この世に存在する賢者と魔人は一人づつしか確認されていない。

 僕は頭だけを少し上げ、開けっ放しになっているクローゼットを見た。

 学園の制服である紺のブレザーがかかっている。

 術士は青、導師は緑といったように学園はブレザーの色でクラスを分けている。

 僕のブレザーの色は紺。

 魔術学園創立以来、紺のブレザーを支給されたのは僕が初めてだ。

 僕のクラスは「賢者」。

 世界で唯一確認されている三つの精霊の加護を受けた者だ。

 大きなため息をひとつつく。

 僕は教科書を置くと、右手に意識を集中する。

 肘付近から手のひらに向かって、力が集中していくのが分かる。手の先に小さな炎が灯った。

 相変わらず弱々しい力だ。

 魔法というものは体内にある魔力を、加護精霊の力に変換して発動させるものらしい。

 炎の精霊の加護を受けた者は炎の魔法を、水の精霊の加護を受けた者は水の魔法を使えるようになる。

 つまり賢者である僕は、三種類の魔法を使えるということだ。

 しかし、加護精霊が多ければ良いという訳ではない。

 加護精霊がひとつであれば、魔力をその精霊にのみに充てがえば良いが、加護精霊が増えるたびに魔力を分配する相手が増え、魔法力、つまり最大火力が小さくなってしまうのだ。

 術士の力を基準とすると、導師は術士の半分、賢者は三分の一、魔人に至っては四分の一の力しか出せないと言われている。

 つまり、魔法士として一番優れているのは術士と言うことになる。

 二種類の魔法を使用することができる導師は、術士に比べて火力は劣るが攻撃のバリエーションが多く、弱点も少ない。そのため術士とは違ったスタイルでの戦い方をする。魔剣士として研鑽を積む人が多いのも特徴的だ。

 ちなみに、賢者や魔人は魔法力が弱すぎてとても使い物にならないというのが世間一般の評価である。

 そして、奇跡の三姉妹の三女は魔人だという話だから悲惨だ。きっと有能な姉たちと比較され、肩身の狭い思いをしていることだろう。

 突然、各部屋に設置されている寮のベルが鳴った。音を伝達させる魔道具だ。

 そういえば、食事の時間になると鳴るって、寮長が言ってたな。

 僕はベッドから起き上がると、ブーツを履き立ち上がった。

 ブレザーは来ていくべきだろうか?寮のルールがいまいち分からない。

「まぁ、着なくても良いか。」

 僕はそう呟くと自室のドアを開けて、食堂へと向かった。ブレザーの色が違うことで、いらぬトラブルに巻き込まれるのはごめんだ。

 寮の真ん中には最上階まで続く大きな吹き抜けがあり、その周りに螺旋状の階段が設置されている。

 僕の部屋は5階にあるため、随分と階段を降りなければならない。

 何人かの生徒が、吹き抜けの中をゆっくり降りたり登ったりしている。空を飛ぶ能力、つまり重力を扱う能力は土の精霊の力だ。

 僕も土の精霊の加護を受けてはいるが、自分を持ち上げるほどの大きな力は発揮できない。

 何が言いたいかというと、結局は歩いて階段を降りて食堂まで行かなければならないという事だ。

 食堂には今日のメニューが、掲示されていた。


 牛肉のソテー オニオンソース

 サラダ

 ポタージュスープ

 パン


 学生寮と言うこともあって、ボリューム満点のメニューだ。

 僕はカウンターで食事を受け取ると、窓際の四人席に座った。食事時の食堂はそれなりに混んでいるが、席が無いという事はない。

 制服で来ている人と、私服で来ている人は半々ぐらい。

 さすが王都にある学園とでも言うべきか、私服の学生はみんなお洒落な格好をしている。

 今日歩いた大通りには、比較的高価な物を扱う店が多かった。王都の中には学生向けの安い物を扱う場所もあるだろうから、今度誰かに教えてもらうことにしよう。

「ここ、空いてるかい?」

 突然、声をかけられた。

 見ると一人の学生がトレーを持って、テーブルの横に立っていた。

「ああ、空いてるよ。」

 その言葉に彼は微笑み、僕の正面の席に腰を下ろした。

「僕はルディ。風の術士だ。君は?」

 ふわふわした緑色の髪を目の上で切り揃えた、見る人が見たら「守ってあげたい」とでも言いそうな可愛い感じの男の子だ。

 両目とも緑色の瞳をしている事から、彼の言うとおり、風の精霊シルフの加護を受けているのだろう。

 彼のように、体のあちらこちらに加護精霊に起因した色が出現する者が多い。

 ちなみに僕の右目は赤色、左目は茶色である。それぞれ火の精霊サラマンダーと土の精霊ノームに起因する色だ。髪の色は赤に近い茶色、ただし前髪に一束だけ黒い髪が混ざっている。

「僕はロゼライト、加護は・・・。」

 そこで僕は口籠る。加護は火と土と闇。三つの精霊の加護を受ける者、賢者だと知ったらルディはどう思うだろうか。

 珍しいと、好奇の目で見るだろうか。

 能力がないと、蔑視の眼差しを向けるだろうか。

「ロゼライトは、火と土の加護かな?目を見れば分かるよ。」

 ルディが僕の目を覗き込みながら言った。

「そ、そうなんだ。ルディは術士か、もうある程度は風を扱えるのかい?」

 しまった!誤魔化してしまった。

 明日、制服を着ている姿を見たら分かってしまうことなのに。

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