第17話 秘密の出口
翌日、ロザリーはニコニコと微笑みながら、ジョゼフィーヌの部屋にやってきた。ジョゼフィーヌが紅茶を飲んでいる間に、ロザリーの指示でいくつかの服と靴が運び込まれている。
「ジョゼフィーヌ様、どの服がお好きですか?」
「ロザリー? でも、この服って……」
ロザリーが運び込んできたのは、どれも町娘が着るような服だ。屋敷の中とはいえ、侯爵令嬢であるジョゼフィーヌが着ることは許されない。
「街に出る許可を……いえ、
「いいの? ロザリーがお父様に叱られたりしない?」
「大丈夫ですよ。旦那様が別邸にお見えになることは、絶対にありませんわ。暗くなるまでに帰ってきて下されば、問題ありません」
「嬉しいわ。ロザリー、ありがとう!」
ジョゼフィーヌは持ち込まれた服の中から萌木色のワンピースと歩きやすい靴を選んだ。
ロザリーに手伝って貰って着替えると、2人で部屋を出る。廊下を行き交う使用人の姿はなく、誰にも見つからずに庭に出ることができた。
「前の主が使っていたお忍び用の出入口が庭にあります。私も最近知ったんですよ」
「前の主人?」
「ええ、誰にも知られずに何年も出入りしていたそうで、聞いたときには倒れそうになりました」
ロザリーは前の主に対しての愚痴を言っているが、大切な主のようで表情はとても優しい。
「ロザリーはその方のことがとっても大切なのね。それなのに、わたくしなんかの世話をさせてしまって……」
仲の良い主従の話を聞くと、ジョゼフィーヌは、どうしてもヴィクトワールと本家の使用人の関係を思い出してしまう。
「まぁ、ジョゼフィーヌ様。そのような事はおっしゃらないで下さい。私はジョゼフィーヌ様のお世話を任せて頂けて嬉しく思っておりますよ」
「ありがとう、ロザリー」
ロザリーの向けてくる視線は優しさに溢れている。本家の侍女の態度で、ささくれ立っていたジョゼフィーヌの心を癒やしてくれているようだ。
「どんなご主人だったの?」
「口下手ですが、とてもお優しい方です。ただ、誰も予想できない行動を取ることがあるので、時々驚かされますわ」
ジョゼフィーヌは興味を惹かれて、ロザリーから前の主の話を聞きながら歩いた。とても優秀な主だったようだが、普通の人間では思いつかないような不思議な発想をする方でもあるようだ。
とても魅力的な人物のようで、ロザリーの話を聞いていると、ジョゼフィーヌも会ってみたくなる。ロザリーに伝えると、すごく喜んで、すぐに連れてくると言うので、ジョゼフィーヌは慌てて止めた。
「この中にある扉を抜ければ、敷地の外に出れますよ」
ロザリーが庭を横切った先にあった道具入れの前で立ち止まる。
「ありがとう。それで……、わたくし、一人で行くつもりなのだけど……」
ジョゼフィーヌは子供の頃に暮していた家に行くつもりだ。ロザリーに手伝わせてしまったが、行き先を知らない方がロザリーのためにいい。知ってしまえば、侯爵に何か聞かれたときに嘘をつかなければならなくなる。ジョゼフィーヌは、そう考えて、どうしても一人で行きたかった。
「分かりました。貴族街を出る道筋はお分かりになりますか?」
「ええ、大丈夫よ」
詳しい道筋は分かっていないが、ジョゼフィーヌの部屋の窓から見える有名な時計台との位置関係で、この屋敷の場所は把握出来ている。中心地にわりと近いようだし、帰りに迷うこともないだろう。
道具入れの中に入って、ロザリーとともにスコップと梯子を移動させると、急に扉が現れた。今は使える者も少ない魔法で作られた秘密の出入口のようだ。現在は侯爵家といえども、魔法使いを簡単に呼べるわけがない。そんなに古い扉には見えないが、魔法使いがたくさんいた時代に作られた物なのだろう。
「では、暗くなる前にお戻りください。帰りは壁に触れれば、再び扉が出てきて屋敷に戻れるようですよ」
(再び扉が出てくるってどんな状況かしら?)
魔法に詳しくないジョゼフィーヌには想像がつかないが、やってみる方が早いだろう。
「……行ってきます」
ジョゼフィーヌは恐る恐る扉を開けて外に出る。そこはもう別邸の敷地の外で、ジョゼフィーヌが扉を閉めて手を離すと、扉はスッと消えてしまった。
「すごいわ……」
扉だった場所は別邸の壁の一部になってしまって、つなぎ目も何もない。扉があった壁にジョゼフィーヌが触れると、もう一度、扉が出現した。
「不思議……」
ジョゼフィーヌは何度も手を触れたり離したりを繰り返したあと、扉の位置をしっかり覚えてから街に向けて歩き出した。
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