マルクとの出会い
第16話 穏やかな時間
ジョゼフィーヌは別邸で穏やかな日々を過ごしていた。しばらくはベッドで過ごすことになったが、今では普通の生活ができるまでに回復している。医師に叱られて、食生活を改善してからは体力も戻ってきた。本邸での生活で、気づかないうちに食が細くなっていたようだ。
「ジョゼフィーヌ様、殿下からお花が届いております」
ジョゼフィーヌが部屋で本を読んでいると、ロザリーが大きな花束を抱えて入ってきた。
王宮の庭に咲いていた花なのだろう。ジョゼフィーヌにも見覚えのある花からは、優しい香りがする。
「いい香りね」
ジョゼフィーヌが目覚めた日から、フェルディナンは姿を見せることこそないが、数日とあけずにお見舞いの品を届けてくれていた。
「カードも入っていましたよ」
「ありがとう」
『困ったことがあれば、いつでも相談しろ。フェルディナン』
いつも添えられているカードは、フェルディナンの直筆だ。短い文章ではあるが、貰うたびにジョゼフィーヌが婚約者であると言ってくれているようで安心できる。本邸でなくしてしまった今までの手紙の代わりにはならないが、同じように大切に保管している。
「ジョゼフィーヌ様、何か殿下にお願いしたいことはないのですか? きっと、喜んで叶えてくれますよ」
ロザリーはフェルディナンがジョゼフィーヌのことを大切に想っていると誤解している。見舞いの品は婚約者としての義務で送ってくれているのだと思うが、ロザリーの明るい考えを否定するのも申し訳なくて、ジョゼフィーヌは叶えて貰えないであろう願いを考える。
「わたくしの願い……」
時間に余裕が出てくると昔から考えてしまうことがある。ジョゼフィーヌは、いつでも見える場所に置いてあるお守りを見つめた。
(お父様やスージーはどうしているかしら?)
家族と会って話がしたい。それが叶わないなら、街に出て、2人の様子を一目見るだけでも……
「街に出たい……かな」
「街ですか?」
「いいの。ちょっと言ってみただけよ」
ロザリーの困惑した顔をみて、ジョゼフィーヌは慌てて否定した。外に出るなどフェルディナンに願うことではない。ジョゼフィーヌが何度願い出ても、侯爵から許可がおりたことなどないのだから……
ロザリーが心配そうに見ていることに気づいて、ジョゼフィーヌは顔をあげて無理やり笑顔を作る。
「それより、殿下にお礼の手紙を書かなくちゃ。ロザリーも花を花瓶にいけてくれる?」
「畏まりました」
ロザリーはまだ何か言いたそうだったが、ジョゼフィーヌが便箋を取り出したのを見ると花束を持って部屋を出ていった。
(少し気が緩んでいたわね)
ロザリーはジョゼフィーヌに優しいが、トネリコバ侯爵が雇った使用人だ。ジョゼフィーヌを外出させたくない侯爵との間で、板挟みになって困らせるようなことはしたくない。
(切り替えて、手紙に取り掛かりましょう)
ジョゼフィーヌは、便箋選びから始めて文面を考えたりしている内に、手紙に集中してしまっていた。そのため、花瓶を取りに行っただけのロザリーが、実は外出していて数刻戻って来なかったことにも気づかなかった。
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