第11話 次の……【フェルディナン】

 フェルディナンは朝一番で執務室に来て、窓の外を覗くのが日課になっていた。ジョゼフィーヌが妃教育のため、フェルディナンの執務室から見える廊下を通るからだ。


 フェルディナンはジョゼフィーヌの完璧な淑女と呼ぶに相応しい姿を眺めながら、ため息をついた。 


「何かあったんですかね?」


「観劇デートが思い通りにいかなかったようですよ」


 ダミアンとクレマンが仕事をしながら、コソコソと話している。


「僕はいい感じだったと思うんですけどね」


 観劇デートに付き合っていたエルネストが不思議そうに口を挟んでいた。


(どこがだ)


 観劇前、シャンデリアを見ていたときには、ジョゼフィーヌも嬉しそうにしていた。フェルディナンは、表情から察して連れて行ってよかったと喜んだが、その後のジョゼフィーヌは、まったく気を緩めない、いつもの彼女に戻ってしまっていた。


(俺の何がいけなかったんだ……)


 観劇中に見せていたジョゼフィーヌの作られた笑顔を思い出して、フェルディナンは心の中で愚痴をこぼす。そんな顔をさせたかったわけではない。フェルディナンは、ジョゼフィーヌの心からの……


「殿下はジョゼフィーヌ様のキラキラした笑顔が見たかったんですよ」


「「へ~」」


 クレマンの的確な言葉にフェルディナンは再びため息をつく。どうすれば、ジョゼフィーヌは心を開いてくれるのだろう。


 そもそも、ジョゼフィーヌは侯爵家のために、フェルディナンの婚約者になっただけだ。フェルディナンの事を好ましく思っているとは限らない。フェルディナンの顔を見るたびに固まってしまうジョゼフィーヌを思い出すと嫌っている可能性すらある。


「ダミアン、お前は婚約者とどうやって距離を縮めたんだ?」


「私ですか? 殿下が早くに婚約者を決めて下さったおかげで、私の婚約も早く決まりましたからね。特別なことをしたわけではないですよ。何度も会っているうちに、自然と仲良くなりました」


 フェルディナンと同世代の婚約者選びは、いくつかの例外を除き、フェルディナンとジョゼフィーヌの婚約が成立した後に行われた。本人たちの意志とは関係なく、優秀な女性のほとんどが、フェルディナンの婚約者候補になっていたためだ。


「クレマンティーヌはあまり喋らないだろう? 自然ってなんだ?」


 ダミアンの婚約者は公爵令嬢であるクレマンティーヌで、フェルディナンの婚約者選定のときにも参加していたフェルディナンの従妹だ。小さい頃からよく知っているが、物静かな女性で、フェルディナンとは会話が続いたことがない。


「どう説明すればいいのでしょうか? そもそも、従兄を相手にするのと、婚約者とでは違いますからね……」


 ダミアンはなんともいえない顔をしている。ダミアンの前ではクレマンティーヌも饒舌ということだろうか?


「参考にならないな」


「ジョゼフィーヌ様とクレマンティーヌでは性格も違いますし、どちらにしろ参考にはなりませんよ」


「……」


 ジョゼフィーヌは唯一無二だ。他の誰とも似ていない。それなら、参考にできる相手などいないではないか。フェルディナンはそう思ってしまうが口には出さなかった。


 いつでも人々の中心にいるフェルディナンには、今まで自分から求めた相手などいない。経験がないから、どうすればいいのか検討もつかないのだ。口下手なのは分かっているが、それについては残念ながら直せそうにもない。


 フェルディナンは考えながら、書類に視線を移した。


『収穫祭の交通規制について』


 毎年開かれる収穫を祝うお祭りが近づいてきており、関連書類の決算が増えてきていた。


「これだ!」


 フェルディナンの声に側近たちが一斉に振り返る。不安そうな顔をみせる側近たちに、フェルディナンは笑顔を向けた。


「ダミアン、お前の父親は収穫祭の責任者だったな?」


「え? ええ。宰相ですから、その通りですが……」


「収穫祭を回る計画を立ててほしい」


「視察ですか?」


 話の流れから分かるだろうと思ったが、ダミアンは確認するように聞いてくる。収穫祭は庶民の祭りだ。盛り上げる為に王族が顔を出すことはあっても、貴族令嬢である婚約者を連れて行くことは、あまりない。


 しかし、フェルディナンは相手がジョゼフィーヌなら、妙案な気がしていた。子供の頃は、市井に暮らしていたと聞く。慣れ親しんだ街の人に混ざれば緊張することも少ないのではないだろうか。


「ジョゼフィーヌを連れて行く。お忍びだ」


「……それなら、私より適任者がおります。連れて参りましょう」


 ダミアンは少し悩んでからクレマンと目配せした。誰かに丸投げするつもりのようだが、側近の増員に利用するのかもしれない。


「俺の仕事についてこれる人材なのか?」


 ダミアンはその言葉に一瞬気まずそうな顔をした。その表情から察するに、フェルディナンの予想は外れていなかったのだろう。それでも、ダミアンはすぐに開き直ったように説明をはじめる。


「市井に詳しい者で、貴族ではないのですが能力は保証します。殿下は仕事ができれば、身分などは気にされないですよね」


「問題ない」


 ダミアンがホッとした顔をする横で、クレマンはホクホク顔だ。


 身分の高い貴族なら、フェルディナンが引き上げなくても、実力があれば、向こうからやってくる。フェルディナンが側近を選ぶときの好みも考えた上での人選のようだ。確実にクレマンの入れ知恵だろう。


 普通に連れてこいとも思うが、そうなるとフェルディナンは受け入れたかどうか分からない。クレマンに性格を熟知されている事を悟って、フェルディナンは黙って仕事に戻った。



 後日、ダミアンが連れてきたディディエという男は、とある男爵の甥っ子だった。貴族に親類はいるが、生まれたときから市井で暮らしているらしい。


「ディディエと申します。デートの助言がほしいとか? 完璧だと名高い殿下でも女性には手こずるんですね」


「……」


 言動には少し問題があるようだが、ダミアンが推薦するだけあって優秀な男だった。フェルディナンの3つ年上とのことだが、食堂を経営しており繁盛させているようだ。


 生きた情報を得るため、ディディエは店の経営を続けながら、フェルディナンのもとでも働くことになった。


 そのディディエの協力のもと、安全を考慮した上で庶民に混ざって楽しめるお祭りデートの計画を立てたのだが……


 不測の事態が起こり、この年に実行されることはなかった。

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